企む職員室。[studioあおブログ]

企みつつ、育てています。

教室をカッコよくしたい!空間をアップデートするアイデア、募集中です。

突然ですが、この写真、どう思いますか?

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/ぐっちゃあ~\

f:id:stud-io:20190329211700j:plain/ごっちゃあ~\


モノが多い!整理できてない!!

生徒たちのプロジェクトには、それぞれ必要なものがいっぱいです。
せっかく新しい教室に移転したんだから、それらをうまく収納して教室をきれいでカッコいい空間にしたいなあ~!

こんな思いから、とりあえず見せる収納をうまく使おう!としていますが……f:id:stud-io:20190329211623j:plain
/??見せすぎ……?\

なんだかうまくいかないまま、元号が変わろうとしています。
バーカウンターもあることだし、どうにかしていい感じの教室づくりをしたい~!!

ということで、みなさんに、カッコいい教室づくりのアイデアを募集します。
「こういう家具使うといいよ!」
「このサイト参考になるかもよ!」
どんな意見でも大歓迎です。
カッコいい教室で、カッコよく新元号元年を迎えたい。
何卒、よろしくお願いいたします……!

(片付けのプロ、どこからかフラっと現れないかなあ……)

『いじめRPG』第9章 いじめ三種の神器 左子光晴

いじめ三種の神器

 ステージ④ダンジョン:伝説の装備を集める旅に出る
 →いじめの証拠を集める

 9月18日 火曜日
 痛い。
 腕のしびれで目が覚めた。そう言えば机で力尽きたんだった。
 昨晩はいじめが始まった頃からの「くさったの日記」をひたすら書きこんだ。意外と覚えていないもんだなあ。あんなに辛かったはずなのに、いつ、どこでなんて記憶がごっそりと抜けていた。悔しいな。忘れたくても忘れずに、毎日書いておくべきだった。

 毎日やってるとセットにも時間がかからなくなってきた。継続はなんとやらってとこか。母さんは昨日の夜から仕込んだんだろう、朝からカレーを出してくれた。やっぱりレトルトよりも母さんのほうが美味しい。たとえそのルウがスーパーで特売のものでも、美味しいものは美味しい。
 玄関に向かう。すぅーっと息を吸い込む。
 右。
 左。
 なんなく靴を履けた。うん、大丈夫。

 振り返ると母さんが立っていた。僕の顔を覗き込み何かを考えている。2秒、4秒、6秒と考えて、母さんはいってらっしゃい、と声をかけてくれた。僕は、いってきます、と答えて玄関の扉を開けた。寒いねと、で始まる俵万智の短歌を一瞬思い出したが、九月のむんとする熱気にその余韻はかき消された。
 レコーダーをポケットから取り出し、オンにしてまた戻す。念のためもう一度レコーダーを取り出し、作動しているかを確認した。よし、探偵家業の始まりだ。

 下駄箱にはやはり僕の上履きは無かった。これでいい。僕はジャックパーセルのまま教室へ向かった。
 教室に入ると、いつも通り僕の机は定位置に追いやられていて、今日も花瓶が置いてあった。水が無くなって少し枯れ始めたその花とは対照的に、僕は凛としている。外靴を教室で履いているだけなのに、まるで重大な禁忌を犯しているかのような高揚感に満たされる。
 時計を見ると8時15分。山口たちが来るまで残り10分あった。まだ余裕がある。
 僕はその勢いのまま、スマホのカメラで机を撮影した。花瓶の写真を一枚。そして教壇に貼られている座席表と、教壇から見えるクラスの全体も撮影した。なんとも探偵っぽい。
 席に戻ると、僕は机を本来あるべき位置に戻さず、花瓶もどけないままに椅子に座った。さぁ準備は整った。どこからでもかかって来い。

 「おいおい、まだ死んでなかったのかよ。もう頼むから成仏してくれよー。」来た。大原だ。後ろで山口がにやにやしているのが見える。
 「おいキモ蟲。昨日の授業は午前で終わりか?違うよなー?午後も授業あったよなー?勝手に帰るのが悪いってことくらいキモ蟲でもわかるだろ?これは教育的指導が必要だな。1限目終わったらトイレ来い。」
 すぅーーーふぅーーーーーー
 「…お、おお…大原くん、や…ややめてよ。」
 「は?何をやめるって?」
 「ぼ、ぼぼぼくは、き、キモ蟲なんかじゃない。か、川村だ。そ、そう呼ぶのやめてよ大原くん。」
 「気持ち悪いしゃべりかたしてんじゃねえよ!」
 「そ、そそ…それに花瓶を置くのもやめてよ!」
 「わざわざ買ってきてやったんだぞ?気に入らねーなら花代と花瓶代よこせ!まぁ内村の金なんだけどな。」
 「大原のしつけが悪いんじゃねえかー?」
 「何言ってんだよ山口?」
 「ほら。こいつ靴のまま教室入ってるぜ!」
 「おいキモ蟲!ただでさえお前が教室にいるだけで汚れんのによ、きたねー靴のまま入ってくんじゃねーよ。そんなルールも守れねえのかよ!」
 「じ…じゃあ上履き、か、返してよ大原くん!」
 「はぁ?お前の上履きなんて知らねえよ。知ってたとしても返さねえし、自分で見つけろキモ蟲。」
 「ほ、ほんとに知らないんだね?」
 「疑ってんじゃねえよ!殺すぞキモ蟲!」
 「わかったよ大原くん。疑ってごめんね。」
 キーンコーンカーンコーン

 キモ蟲に疑われてんじゃん、と山口にいじられた大原は、松本や寺田にも笑われて明らかに不機嫌そうだった。内村はそのあおりを受けてバシッと頭を叩かれていた。

 まだだ。集中を切らすな。耳を済ませろ。聞こえてくるはずだ。スリッパの音。集中。集中。来る。間違いない。あと一息。もう少し…よし来た。
 先生は教室に入ってくるなり僕を見た。

 「おい川村、なんでそんなところに座ってるんだ?」
 すぅーーーふぅーーーーーー
 「も、森川先生。朝来たら、机がここに置かれていました。そして花瓶が置かれてありました。」
 「誰だーそんなことやったやつ?川村とりあえず机を元に戻しなさい。」
 「こ、この花瓶はどういう意味ですか?」
 「ただのいたずらだろ?とにかく机を戻しなさい。授業始められないだろう。」
 「森川先生。僕の質問に答えてください。この花瓶はどういう意味ですか?」
 「きれいな花だから、親切な誰かが置いてくれたんだろ?わかったら机を戻せ。」
 「森川先生。これは菊の花です。お葬式のときに使う花です。これがどういう意味か教えてください。」
 「川村いい加減にしろ!みんな困ってるだろ!」

 山口たちが叫び始める。「せんせー。授業始めてくださーい。僕たち学費払ってるんで授業を受ける権利がありまーす。それとも1限目は休校っすか?」
 わはっはははっはは。クラスのみんながどばっと笑う。

 「川村。昼休みに職員室に来なさい。そこでゆっくり話を聞こう。それから教室では上履きを履くこと!」
 空気を読むな。ここはこだわる。譲れないところだ。
 「上履きがなければどうしたらいいですか?」
 「なかったら買えばいいだろ!」
 「失くなる度に買わなきゃいけないんですか?」
 「そりゃ失くなれば買わなきゃいけないだろ。そういうルールだ。」
 「じゃあ僕は毎日上履きを買わなきゃいけないってことですね?」
 ダンッ!!先生が教壇を叩く。
 「もういい!お前のせいで授業を止めることはできない!あとでたっぷり話を聞いてやるから今は黙れ。机も靴もそのままでいい!勝手にしろ!」

 「空気読めよー。」「どうして川村だけ特別なんですかー。」「おれも下駄で来ようかなー。」山口たちが騒ぎ出す。
 ざわざわざっー。それにつられてみんなが騒ぐ。

 僕は大きく息を吐き出し、机に伏せた。息を殺しても、背中の震えが止まらない。噛み殺しても、笑いが止まらない。こんなおかしい気分は初めてだ。すべて作戦通り。

 「勝負は朝に決まる。」
 「え?」
 昨日の作戦会議でカマキリさんはそう呟いた。
 「朝はモチベーションが高いはず。時間が経てば経つほど、その気力は逓減していくわ。だから川村っちは朝一の勝負にすべてをかけるのよん。」
 「どうすればいいんですか?」
 「サビキ釣りといきましょうか。」
 「なんですかそれ?」
 「サビキ釣りはマキエカゴに餌を入れて、複数の針がついた仕掛けで複数の魚をいっぺんに釣る手法よ。つまり、山口きゅんや森川ちゃんが反応してくるような餌をばらまいちゃうの。例えば川村っち上履きを隠されるって言ってたわよね?」
 「はい…」
 「この靴のまま教室に行っちゃいましょ。」
 「え、でも…」
 「確実にやつらは反応してくるわ。なんで上履きじゃねーんだよって。そこで5W1Hのテクニックを使えば1つ目の証言いただき、いっちょあがりってね!」
 「なるほど!で言うと、机が動かされてることや花瓶が置かれてることも使えそうですね!」
 「もーう!川村っちは最高に意地悪なんだから!やっておしまい!」
 「…もしうまくいかなかったらどうしたらいいですか?」
 「それはもう逃げちゃお!ぴゅんって逃げちゃお!朝一にすべてをかけるということは、そこを逃せばチャンスはやってこないということ。無理に長居して気力を減らしちゃうくらいならミチロウんとこに逃げちゃいましょ!ミチロウは朝9時から店開けとくこと!」
 「うぃーす。問題ねーっす!」
 「名づけて、がんがん朝釣り作戦!」
 「まんまですね…でも、それいいかも。それならできそう…」
 「…ミチロウさんいいんですか?」
 「ちょっと眠いくらいでしょ?川村くんのがんばりに比べたら朝め…朝釣り前だよ!」
 「朝釣り前はちょっとよくわかりませんが…ありがとうございます!」
 「よしそうと決まったらあとは実行あるのみ。緊張したら腹式呼吸よ。背筋伸ばしてお腹を膨らませるイメージで鼻から息を吸いこむー。恐怖と緊張を吐き出すように今の倍の時間をかけて吐き出すー。」
 すぅーーーーーーふぅーーーーーーーーーーーー
 「ちょっと長すぎー。もういっかーい。」
 すぅーーーふぅーーーーーー
 「ナイスでーす。」
 「なんか落ち着きますね。気に入りました。明日はこれでがんばります!朝だけでも。」
 「朝から開けとくからいつでもおいでませ。」
 「レコーダーを回している間は、いじめてくれてありがとうございます、くらいの気持ちでいなさい。その受けた痛みをあとあと100倍にして返せるから。」

 結果は大漁だった。僕は誰にも気づかれないようにレコーダーを取り出した。真ん中のボタンが赤く光っている。ちゃんと声が入っているか心配だったが、なに、録れてなかったら明日もやればいいだけのことだ。
 一度話し出せば自分で止めるのが困難なほどに言葉が溢れてきた。徐々にうまく話せているのが手を取るようにわかった。
 この時点で今日の釣果は十分過ぎるものだったが、昼休みにまだ大きな魚を釣れそうな気がしたので、それまでは学校にいようと心に決めた。釣りが趣味の探偵を主人公にした小説も悪くなさそうだ。

 1限目が終わり、森川先生は僕をにらみながら教室を出て行った。僕はその視線を右肩に感じつつ、ミチロウさんにショートメールを入れた。「爆釣でした。店には行きません。おやすみなさい。ありがとうございます。」
 メールを打ち終えると山口が近づいてきた。
 「キモむしー。ちょっと来い。」
 とうとう魔王の登場だ。中ボスとはわけが違う…身体が大きくて迫力がある…
 「…ど、どこに行くの山口くん。」
 「トイレだー。いいから黙ってついてこい。」
 「と、とトイレに行って何するの?」
 「キモむしー。あんまり調子に乗るなよ?」
 ゾクッ!!背中が毛羽立った…
 「…い…いかない…何をされるか聞くまで、僕はここを動かない…」
 「そうかー。じゃあここでいいや。」
 ドスッ。鈍い音から少し遅れて右肩に痛みがじわりじわりと広がった。
 「…い、痛いじゃないか山口くん。僕の右肩を殴るのはやめてくれよ。」
 「気安く名前呼んでんじゃねえぞコラ!ここで死ぬか黙ってトイレについてくるかどっちか選べ。」
 「…や、山口くん。ぼ、僕をいじめるのはやめろ。いじめをやめなければ法的措置に基づいた…そ…法的措置をとる。だけどもし今止めるなら…ゆ、許す…どどーする?」
 「ふざけてんじゃねーぞキモむしー。まじで殺すよ?」
 すぅーーーふぅーーーーーー
 「それが山口くんの答えというわけだね。了解。」
 キリキリキリキリッ
 「山口?こいつまじでやっちゃっていい?」
 「大原くん。カッターナイフを出して何をするの?」
 「おいキモ蟲、黙らねえと一生残る傷つけちゃうよ?」
 「大原くんも僕へのいじめを止めないって事だね?それでいいんだね?」
 「大原やめとけー。ここじゃまずい。」
 「んだよー!!!!」
 ガンッ
 「大原くん机蹴らないで。」
 取り巻きの松本、寺田、内村はそのやりとりを黙って見ていた。
 魔王と戦えた。勝ってはいないけど負けてもない。
 呪文「ザラリホー」も使えた。一切効かなかったけど、それでも唱えることができた。
 なんだ。一度がんばるだけでいいんだ。一度成功してしまえば怖さは和らぐんだ。
 昼休みまで僕は机から動かなかった。ミチロウさんからは「フフフ 店は開けておくからいつでもど~ぞ~。とりあえずおやすみ。」と返信が来た。

 4限目が終わり、僕はカバンを持ってまっすぐ職員室に向かった。
 がはははっはは。先生は大笑いしながら他の先生と昼食をとっている。
 「先生、話できますか?」
 「かわむらー。今日はどうした?様子がおかしいじゃないか?」
 「森川先生、僕がおかしいのは今日だけですか?」
 「いつもは静かに座ってるだけなのに今日はやたらめったら絡んできてさ。授業の邪魔しちゃだめだろー?」
 「森川先生二人で話せますか?」
 「昼飯食ってるんだ。見ればわかるだろ?あとにしてくれ。」
 「僕は森川先生に呼び出されたので昼ごはんも食べずにここに来ました。」
 「昼飯持ってきてないのか?教室で待っとけ。20分後にもう一度こい!」
 すぅーーーふぅーーーーーー
 「教室に戻ればまた山口くんたちにいじめられますが、森川先生の対応はそれでいいんですね?」
 「いじめ?ちょ、ちょっと待て。よし、生徒指導室にいてくれ。すぐいく。」
 
 職員室がすっーっと静まり返った。
 「わかりました。じゃあ生徒指導室にいます。教師としてしかるべき対応をよろしくお願いします。」
 教師たちのざわめきを背中に感じる。その声に押されるようにして僕は胸を張って歩いた。
 
 生徒指導室はぴーんと空気が張り詰めていて、廊下のむんとした暑さを忘れさせるひんやりした部屋だった。ここには体温がない。まるで世界と隔絶されているかのように。
 窓越しに差し込んでくる柔らかい日の光を見つめていると、しばらくして先生がやってきた。
 こちらが場をリードする。受身の教師に対しては先手をとれ。それがカマキリさんの教えだった。
 「森川先生。今日何日でした?」
 「今日は9月18日だろ。」
 「そうですか。昼休みにもかかわらず生徒指導室に呼び出してくださり、また時間をとっていただきありがとうございます。」
 「お、おぉ…待たせて悪かったな。さぁ話を聞こうじゃないか。」
 「どうします?呼び出した先生から話を始めるか、僕から結論を切り出すか。」
 「川村の話を聞こう。なんでも話してくれ。」
 すぅーーーふぅーーーーーー
 「山口くん、大原くんにいじめられてます。松本くん、寺田くん、内村くんもそれに便乗していじめてきます。」
 「か、勘違いじゃないのか?」
 「僕の机が動かされていたこと、花瓶が置かれていたことにいついてはどう思いますか?この落書きされた教科書を見てどう思いますか?」
 ジィーーーーーッ。バサッ。
 「それはだな…だからその、つまり山口たちがやったということか?何か証拠でもあるのか?」
 「その証拠を探すのが教師の仕事じゃないんですか?」
 「川村、まぁ一回落ち着け。お茶でも飲むか?」
 「けっこうです。話をそらさずに答えてください。」
 「じゃああとで山口たちを呼び出して話を聞いてみるよ。それでいいか?」
 「そんなことをすれば僕がさらにいじめられることがわかりませんか?」
 「じゃあどうしろって言うんだよ!何がしてほしいんだ?先生は川村のために何をすればいいんだ?」
 「森川先生。教頭、校長にいじめがあることを報告してください。その上で秘密裏に調査を行ってください。」
 「調査って…もし山口たちがやってなかったらそのときはどう責任をとるんだ?」
 「責任?いじめられていると申告した生徒が、いじめの疑いをかけた相手に謝罪しろってことですか?いじめられっ子が責任をとらなきゃいけないんですか?」
 「疑うということは相手を傷つける行為だろ?ここは慎重にいこうじゃないか。」
 「それは、いじめられっ子の傷は問題にしないということですね?」
 「それだけ話せるなら傷ついてないだろ。」
 「森川先生、今の言葉忘れないでくださいね。で、教頭や校長には報告してくれるんですか?」
 「せ、先生ももう少し山口たちを見るようにするから…その、それで何か異変があれば報告ということでどうだ?」
 「そうやって先延ばしにするのが教師の常套手段ですか?管理職にいじめの報告をしたくないから?評価を落としたくないから?」
 「馬鹿にするのもいい加減にしろ!教師をなめたような態度をとるんじゃない!」
 「森川先生。僕が昨日濡れていたの気づきましたか?」
 「ん?そうだったか?」
 「大原くんに花瓶の水をかけられました。そんなずぶ濡れになっている僕を見て先生は、川村今日は来てるのか、と言いました。」
 「いやーそれは気づかなかったなー。悪かったよ。」
 「僕がずぶ濡れになっていることも気づかない森川先生が、先生のいないところで行われるいじめに気づけると思いますか?」
 「…わかったよ。教頭、校長には報告しておく…」
 「いつ報告しますか?今日ですか?」
 「今日は教頭も校長も忙しいから明日にでも話しておくよ。」
 「明日は忙しくないんですか?なぜそれがわかるんですか?」
 「それはだな…」
 「今日中に必ず報告してください。約束してもらえますか?」
 「…わかったよ。」
 「森川先生ありがとうございます。僕の話は以上ですが、先生からは何かありますか?」
 「もし仮に川村がいじめられているとする。だけどそれは川村にも問題があるんじゃないか?人のことを棚に上げてばかりだが、お前も友達をつくったり、いろいろ直すとこがあるんじゃないのか?」
 すぅーーーふぅーーーーーー
 「黙ってちゃわからんだろ。え?どうなんだ?」
 「あくまで森川先生はいじめられる側に責任があるということですね?」
 「そうじゃない。いじめる方も悪いが、いじめられる側にもそうされて仕方ない部分があるんじゃないかと言ってるんだ。」
 「その意見が正しいということを論理的に説明してもらっていいですか?」
 「いじめたくなるような発言や行動をとっていれば、そりゃいじめられるだろ。自分に矢印を向けなきゃ人は成長できないぞ?お前を成長させるためにみんな厳しい意見を言ってくれてるんじゃないのか?」
 「破綻と言うか、何を話しているのかよくわかりません。つまり僕はまわりより劣っていることを自覚し、その上で愛を持っていじめてくれる人間に感謝しろ。そうすれば劣っている部分を直せるぞ、ということですか?」
 「もういい!そうやって揚げ足をとって何が楽しいんだ!先生も忙しいから、もう教室戻れ!」
 「森川先生、お時間とっていただきありがとうございました。先生のいじめに対する考え方がよく理解できました。教頭、校長への報告は今日中にお願いします。あと教室には戻りません。帰ります。」
 「川村。あまり大人をなめるなよ。」
 「ありがとうございました。」
 ガラガラガラ。ガラガラバタンッ。

 ピロティを抜け、校門までのゆるやかな坂を下っていく。用務員のおじさんが 「あら、川村くん今日はもうお帰りかい?」と言ってきたので、「人事を尽くして天命を待ちます。」と伝えた。
 冷え切った僕の身体を九月の太陽がもわわ~んと温めた。

 「どうする?寄ってく?」
 店前で伸びをするミチロウさんに出くわした。
 「ミチロウさんこんにちは。今日は天気がいいんで散歩して帰ります。」
 「ご機嫌さんだねー。明日も行くの?」
 「今週は午前皆勤を目指します!」
 「午前皆勤って、なにその面白ワード。」
 「ミチロウさん。なんか思ったんですけど、僕は実体以上の虚像と戦っていたのかもしれません。」
 「どういうこと?」
 「うまく言えないんですけど、今日話してみてわかりました。そんなに怖くないんだって。怖れていた相手が怖れるに足りなかったというか、こんな程度なんだって。絶対勝てない存在だと勝手に思ってたんですけどそれは虚像でした。実体はそれほど大きなものじゃなかったんです。」
 はははっは。ミチロウさんは笑い出した。
 「どうしました?」
 「いやー狙い通りだなと思って。まぁまた遊びにおいで!ピンチの時でも、なんでもない時でもいいしさ。最近川村くんと話すのがほんとに楽しいんだ!」
 「ありがとうございます!また来ますね。」

 玄関をくぐり、僕はレコーダーのボタンを押した。赤いランプが消えて今日の探偵業務は終了。部屋に戻ると、がくっと膝から崩れ落ちた。とてつもない疲労感がのそりのそりと指先まで這ってくる。中指の先までそれが到達したとき、僕とカーペットの隙間は真空となった。

 9月19日 水曜日
 ベッドで朝を迎えた。あれ?床で寝なかったけ?というか今何時だ…7時。夜?違う。デジタル時計だから朝の7時だ。昨日帰ってきたのが14時頃だったからとんでもなく寝てたんだな。
 リビングに向かうと今日も母さんがカレーを用意していた。
 「心配したわよー。死んでるんじゃないかと思って。」
 「母さんがベッドに運んでくれたの?」
 「そうよ。俊樹だいぶ重くなったわね。」
 「子どもじゃないんだから。」
 「何言ってんの。あんたはまだ子どもよ。」
 「それもそうか。あ、そうだ。」
 僕はポケットからレコーダーを取り出して早送りした。ノイズが入っていたがしっかりと声は録音されていた。よし。
 「それがレコーダー?」
 「そう、やったのレコーダー。」
 「何それ?」
 「伝説の装備。」
 「意味がわからん。で、うまくいったの?」
 「ばっちり!今日も学校に行くよ。だけど昼には帰ろうと思う。」
 「俊樹の好きなようにしていいわよ。さぁ学校いくならさっさと食べちゃいなさい!」
 不思議な会話だな。親は子どもを学校に行かせたがるはずなのに、好きなようにしていいだって。母さんには感謝だ。逃げる場所があるから戦えるんだ。
 「母さんありがとう。」
 「…どういたしまして!」

 支度を済ませて家を出る。レコーダーをオンにして学校に向かう。昨日のような不安はもうない。
 下駄箱を念のため確認したら、上履きが置いてあった。戻ってきたんだ。
 あれ?
 教室に向かうと、机は置かれるべき場所に配置されていた。花瓶も片付いていて、僕の机はきれいになっていた。
 ん?
 8時25分になり山口たちがやってくる。僕のことを見てるが、こちらに寄ってくる気配はない。チャイムが鳴り先生がやってくる。僕をちらと見たが、何も言わず出席を取り始めた。

 いじめが、終わった?

 僕は不安になった。こうあってほしいと願っていたのに、こんなにもあっさり解決するとは。嬉しさよりも戸惑いのほうがはるかに大きかった。
 1限目が終わっても山口たちが近づいてくることはなく、そのまま授業は進んで昼休みになった。ポケットからレコーダーを取り出すと赤いランプが点滅している。やばい。昨日充電し忘れた。これは早く帰るべきか?いや、先生にあのことだけは聞いておかなければならない。

 がはははっはは。昨日と同じ光景が職員室に広がっていた。
 「森川先生。ちょっとだけいいですか?」
 「なんだ川村。」
 「教頭と校長には報告してくれましたか?」
 「え…あぁ言っておいたよ。大丈夫。心配するな。」
 「そうですか。森川先生ありがとうございます。」
 「あぁ…」
 僕はその足で教頭先生の机に向かった。
 「どこ行くんだ川村?おい!」
 「教頭先生。1年の川村です。昨日森川先生から何か報告を受けましたか?」
 「川村くんこんにちは。報告?いえ、何も。」
 「ちょ、ちょっと川村!ちょっと話し合おう。な!」
 「報告してなかったんですか?」
 「先生ちょっと勘違いしてた!そう言えば昨日は忙しくて話せなかったんだ。うっかりしちゃってたよごめん。」
 「そうですか。じゃあ今報告してください。」
 「ちょ、ちょっとそれは先生たちにもいろいろルールがあるから…とにかく今日話しておくから。な、今はいったん教室戻ってくれ!な!」
 「森川先生どうかしましたか?報告って何ですか?」
 「教頭先生あとで話します。とにかくちょっと川村を教室に連れて行きます。」
 ギシッギシッギシッ。ガラガラガラ。ガラガラバタンッ。

 「おいおい川村。あんなことしたらいけないだろー。」
 「どうしてですか?」
 「どうしてって…先生にも面子とか立場とかあるんだからさ。高1になったらそれくらいわかるだろ?」
 「報告したと言って報告していなかった。虚偽事実が悪いことを教師になってもわかりませんか?」
 「だからそうやって人の揚げ足をとるな!先生も忙しくてうっかりしてただけなんだよ。このあと絶対話しておくから。な!」
 「森川先生。校長にもちゃんと報告しますか?約束できますか?」
 「あぁ約束する。必ず話すから。」
 「ありがとうございます。では失礼します。」
 はぁーーーーー
 深いため息が背中で聞こえた。なんだか僕がいじめているような気分になった。うーん。
 ポケットを見ると、赤いランプはまだ点滅していた。間に合った。今の会話は録音できたんだ。僕はレコーダーをオフにしてカバンの中の小さなチャックに仕舞った。

 よし。今日のミッションは終了だ。帰ろう。下駄箱に向かい、靴に履き替える。
 右。左。
 上履きを掴んで下駄箱に入れようとしたとき、右側に視線を感じた。
 「キモ蟲。ちょっと来い。」松本と寺田だった。

 いつもは誰もいない僕だけの校舎裏に、今日は山口と大原、そして内村がいた。
 「昨日言ったよな。午後からも授業はあるってよー。何帰ろうとしてんの?」
 「おいキモむしー。あまりおれをなめんなよー。さっき職員室行ってたろ?森川にちくったのかー?」
 「ほ、ほほ、報告したよ。」
 「チクッたらどうなるかくらいわかるよなー?」
 「どうするの山口くん?」
 「松本、寺田。キモ蟲掴んどけー。内村は人がこないか見張ってろー。」
 「ま、まま松本くん、寺田くん放してよ!」
 「黙ってろキモ蟲。お前もこうなることわかってチクッたんだろ?黙って山口に殴られとけ。」
 「歴代のキャプテンはさー、ラグビー推薦で大学に行けんだわー。おれさー、来年キャプテンになりそうなんだわー。でもさー、お前のせいで推薦なくなるかもしれないってわけよー。おれかわいそうじゃない?」
 「じ、じ自業自得じゃないか!」
 ポケットを触って気がついた。あ、そうだ。レコーダーを切ったんだった…まずい。やばい。
 「かっちーん。人の痛みがわからないやつには、痛みを教えてあげなきゃなー。おい松本。キモ蟲のカバン邪魔だから持ってろー。」
 僕は咄嗟に松本と寺田の腕から潜り抜けた。そしてカバンを両腕で抱きしめて丸まった。これだけは絶対に渡さない。死んでも放さない。
 
 「山口やばい!用務員のおっさんが近づいてくる!」
 「内村!こっちにこないように足止めしろ!」
 「足止めって言ったって。あ、ちょっと用務員さん!」
 「なにしてんだー!!」
 「いや、別にプロレスごっこですー。な、川村?じゃあぼくたち授業が始まるんでいきますねー。」

 「川村くん大丈夫かい?」
 僕はしばらく動けなかった。少し動くだけで、背骨がきしみ、肋骨がうずいた。
 「あいつらはもう行ったよ。保健室行くかい?」
 「だ…大丈夫です…」
 「ずっといじめられてたのかい?」
 「…もう少しの我慢なんです…だから今日のところは黙っててください…」
 「…わかった。でも保健室には行ったほうがいいんじゃないか?」
 「行けば先生たちが騒ぎます…だけどまだその時じゃないんです…僕は負けません。」
 「わかったよ…いやーしかしびっくりした。いじめられてる亀を助けた気分だよ。」
 「浦島太郎みたいでしたね。」
 はははっと二人で笑うと、肋骨が響いて痛みが走った。
 「用務員さん。来週の月曜も学校にいますか?」
 「あぁもちろん。どうしたんだい?」
 「竜宮城に連れて行きます。鯛やヒラメは踊りませんが、面白いものをお見せします。」
 「楽しみにしてるよ。」
 僕はよたよたと立ち上がり、よろよろと歩いた。
 「川村くん。冬来たりなば春遠からじだよ!」
 「用務員さん。まだ秋も来てませんよ!」

 なんとか家までたどり着いた僕は、カバンの中からレコーダーを取り出した。再生ボタンを押すと、今日の会話が録れていた。壊れていない…よかった…
 悔しい。だけど「やったのレコーダー」を守り抜いたんだ。やつらはこの存在に気づいていない。まだまだ僕のほうが優勢だ。絶対にここで心を折らないぞ。最後まで戦い抜いてやる。
 僕は「やったのレコーダー」を充電器に繋いだ。レコーダは黄色いランプを点滅させて電気をぐびぐびと飲み込んでいった。

 9月20日 木曜日
 軋む身体に鞭打って学校に行く。山口たちは何も攻撃してこなかった。昨日の一件から僕を敬遠しているのかもしれない。昼休みにまた森川先生のところに行った。教頭には報告したとのことだったので、念のため教頭に確認したところ「たしかに森川先生から報告を受けました。早急に調査を行います。」と言われる。僕は「明日進捗を聞かせてください。」と伝えた。

 9月21日 金曜日
 まだまだ痛みは取れない。上履きがまたなくなっていて、机も定位置に置かれていた。外靴のまま教室に行き、机も元に戻さずそのまま授業を受けるが、森川先生はもう何も言ってこなかった。いじめ調査の進捗について教頭に確認しに行ったところ、「こういうのは慎重に動かないと、当事者も混乱するからもう少し時間が必要だ。」と言われた。僕は森川先生と教頭の手を振りほどき、校長室に入った。校長先生は僕のいじめの件について報告を受けていますか?、と尋ねたところ、「そんな報告は聞いてないよ。教頭先生これはどういうことですか?」と言っていた。やはり学校にいじめの相談をしたところで何も意味がない。もう戦うしかない。

 9月22日 土曜日
 僕はぐぅーっと伸びをして、パソコンを閉じた。もう夕方か。
 あれ以来すけねえさんから連絡は来なかったが、書くべきネタが湯水にように湧き出るので僕はその一つ一つを文章にまとめていった。相変わらずタイピング速度が頭に追いつかないものの、10話までコラムを書き進められた。もちろんこの前の浦島太郎事件も収録済みである。
 僕はさささと支度して、猿タコスに向かった。昨日の夜、ミチロウさんに電話して、カマキリさんを呼んでもらっていた。

 「ミチロウさんお久しぶりです。」
 「待ってたよー。さぁ入って入って。」
 「あ、カマキリさんだ!」
 「川村っちー!元気してた?伝説の装備は集まったかしら?」
 「集まりました!レコーダーをオフしてる時にぼこぼこにされたりもしたんですけど、それ以外は順調でした。」
 「あら災難だったわねー。さてさて、早速だけど全部見せてもらっていいかしら?」
 「…はい!」
 僕はカバンから「いじめ三種の神器」を取り出した。カマキリさんはひとつひとつ大事そうに手に取り、不備がないかを丁寧に確認してくれた。よし。おっけ。と小さく呟くたびに、我が子を褒められているかのような気がした。
 この一週間は勉強しに行くでも本を読みに行くでもなく、ただただ証拠を集めるために学校に通った。不思議な毎日だったな。まわりから見れば僕は普通の学生に見えていたかもしれない。でも一日経つごとに僕は自分が自分じゃない、なにかすごい者になりつつある気がした。
 「くさったの日記」にはその日あったことを細かに記した。体調の変化や心境の変化についても、何が原因でそうなったのかをわかりやすく書きとめた。「やったのレコーダー」には毎日一件ずつデータが増えていき、それに反比例して容量が減っていくことが嬉しかった。あの日以来充電を忘れることは無かった。「やられたの物」も着々とたまっていた。大破した自転車、上履きのない下駄箱、スニーカーで教室にいるところなど、証拠として語れそうなものをどんどん写真に収めた。

 来たときにはまだ明るかった窓の外が、すっかり暗くなっていた。
 「はい、確認終了しましたー。疲れた…」
 「カマキリさんほんとありがとうございます!で…どうでした?」
 「…完璧!ぐうの音も出ないわ!」
 パパパーンパンパッパーン。
 「勇者川村は、「いじめ三種の神器」を手に入れた。」
 わぁーっとみんなで盛り上がった。ミチロウさんもカマキリさんも、まるで自分のことのように喜んでくれた。三種の神器を集めたことよりも、よっぽどそのほうが嬉しかった。

 「準備は整ったね。」
 「そうですね。」
 「どうする?遅くなっちゃったし、明日もう一度集まる?」
 「いや、このまま話したいです。決めましょう。作戦を。」
 ミチロウさんはにこっと笑い、カマキリさんはビールを一気に飲み干した。

 ステージ④ダンジョンクリア
 ー「いじめ三種の神器」を手に入れた

 僕はぼうけんのしょにセーブした。

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「人のこころの負担はどうしたら軽くなるのか?」心理学部生によるbro.開催!

「研究って、こんなにおもしろいの!?」
「○○研究をしたいから、この大学に入るんだ!!」
研究という青春を子どもたちに提供するために始まった、「bro.」という授業。
毎月1回を目安に、大学で研究に専念する学生さんをお呼びし、研究内容についてお話ししてもらいます。

 

今回お呼びしたのは、大学で心理学を学んでいる長谷部覚一(かくいち)さん。
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2011年3月11日、東日本大震災。長谷部さんは、東北の復興を支援するためにボランティアをしていたそうです。その時の経験から、心理学部に進み、「人のこころの負担はどうしたら軽くなるのか?」という研究をしようと考えていたとのこと。


今回のbro.の始まりは、こんな言葉から。
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「心理学ってどんな学問だと思う?」f:id:stud-io:20190320153424j:plain
「相手が何を考えているかわかるようになる!」
「勉強したら、人のこころが読めるようになりそう!」
生徒たちがそれぞれ持つ、心理学に対するコトバが飛び交います。

そんな中、心理学の分類など、基礎の部分からわかりやすく説明してくださる長谷部さん。子どもたちも興味津々です。

よりわかりやすくなるため、実際に大学でも行われているという、心理学を体感できるワークショップも用意してくれました!

f:id:stud-io:20190320153423j:plainみんなでわいわい。こちらは、じゃんけんを使って「社会的ジレンマ」を体感するワークショップです。

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「じゃーんけーん……!!!」
スタッフと生徒、全力勝負が繰り広げられていました。(めちゃめちゃ楽しそう)


今回はワークショップなどのほかにも、「更年期の女性の心の負担をどうしたら軽く出来るか?」という問いの研究成果についてお話しいただきました。
f:id:stud-io:20190320153456j:plain実際に使用したアンケート用紙を見せてもらっている様子。「こんな感じなんだ~」と、参加者全員が感心していました。f:id:stud-io:20190320153420j:plain

「bro.」の授業には、あおの生徒だけでなく親御さんにも参加していただいております。研究に対する大学生の姿勢や、実際の研究方法などを知ることで、子どもたちへの接し方などについてのヒントを得た!という親御さんもいらっしゃるようです。

何気ない日常の中から自分なりの「問い」を見つけ、それを社会への価値として発信している研究者の皆さん。そんな方々と交流できる場を作り、「わたしもこれを研究してみたい!」と考える生徒を輩出できるよう、われわれスタッフも常に教室をアップデートしていきます~!

『いじめRPG』第8章 探偵ハート 左子光晴

探偵ハート
ステージ④ダンジョン:伝説の装備を集める旅に出る
→いじめの証拠を集める

 「あ、カマキリ?久しぶり。あのさ、今ちょっと時間あったりする?ちょっと困ったことがあってさ。うん、うん。え?近くにいるの?よかった!ビールおごるから!え?何それ。ははは。わかったわかった。うん、いいと思うよ。」
 カマキリ?なんだそれ?
 「そうなんだよ。だから助けてほしくてさ。うん。ありがと。はい、じゃあ待ってまーす。」
 ミチロウさんはにこっと笑った。いつものミチロウさんだ。よかった。
 「カマキリって誰ですか?」
 「昔の知り合いで、今でもたまーにうちに来る友達なんだけどさ、彼面白いよ。もう少ししたら来るからさ、それまでちょっと待ってて。」
 「わかりました。」
 「あ、そうだ。ノートありがとう。すごく面白かったよ。」
 「ほんとですか?」
 「うん。たぶん川村くんが読んできた作家さんをボクも読んできたからさ。好きなのが似てるのかもね。」
 「よかったです。ミチロウさんはいつ頃から本を読み始めたんですか?」
 「高校くらいかな?友達が「何でも見てやろう」って本を貸してくれてさ。それがめちゃくちゃ面白かったのがきっかけで。」
 「それなら僕も読みました!」
 「その影響もあって、高校卒業してからお金を貯めていろんな国を旅したんだ。その旅先でカマキリと知り合った。カマキリは一文無しで海外を飛び回るバックパッカーで、いい意味でボクの常識をぶっつぶしてくれたんだ。」
 「へー。どんな人なんですか?」
 「なんて言ったらいいかな…キャラ渋滞してる人かな?。」
 「なんですかそれ?」
 
 バンッと勢いよく扉が開いて、黒のジャケットに緑の派手なシャツ。黒い革のパンツにウエスタンブーツを履いた、見るからに面白そうな人が現れた。
 「マイブラザーミチロー!元気か?うれションしてんじゃねーのか?」
 「久しぶり。カマキリは元気そうだね。」
 「禁酒法は日本にはないのかい?とりあえずビールをくれ!今日は1ガロン飲み干してやるからよ。で、この坊やが依頼者かい?」
 「は、はじめまして…か、川村です…よろしくお願いします。」
 この店には変な人しか集まってこない。その中でもカマキリさんはダントツに変な人だった。リーゼントというのを生で初めて見た。マッカーサーのようなサングラスに、たくましいもみ上げ。顔だけは猛々しいのに、手足がものすごく細長くて、たしかにカマキリのようだった。
 「あ、ちなみにカマキリのあだ名の由来だけど、見た目じゃないからね。海外でお金がなくてカマキリ食べてたとかいろんな由来があるんだ。あの時はまじで吐きそうになった。はい、ビール。」
 「一人チアーズ。で、坊や。カマキリ食べたことあるかい?」
 「あ、いや…ないです…」
 「尻をちょんちょんと水につけてから食うんだぜ。カマキリの中にはハリガネムシって寄生虫がいるからな。気をつけて食えよ。」
 「いや、たぶん大丈夫です。」
 「そうか。それなら安心だ。はっきり言ってディスカウントストアのホットドッグのほうが断然うまいからな。はっはっはっは!で、おいらに助けて欲しいことってなんだい?銃でも必要か?」
 そう言ってカマキリさんは胸ポケットから銃を取り出した。カウンターに置いたときの音に重量感があって、僕はびくっと震えた。この人なら持っててもおかしくない。
 「いいかい坊や。銃ってのはな、横に向けて撃つと薬きょうが顔をかすめてケガしちまうんだ。最悪失明だってするかもしれねーしな。ダイヤモンドを眼球にはめたくなけりゃ、両手でしっかり握って脇を締め、肘を伸ばすんだ。そしていじめっこの胸目掛けて、引鉄を引け。こんなふうによ!!」
 ぱきゅーん

 え?
 ものすごくファンシーな音がした。

 「ごめーん。なんか面白いかなと思ってやっちゃった。初めましてカマキリです。よろしくね!」
 「一人称おいらって何?ていうか何を意識したキャラだったの?」
 「テキサスの荒くれ者をイメージしたんだけど!変だったかしら?」
 「にしては細いし、ディスカウントストアのくだりもよくわからないし。」
 「最近依頼が無かったから尾行の練習を毎日してるんだけど、普通にやってもつまんないなと思ってさ。で、どこまで大胆な格好だったらばれるかを検証してたんだけど、ミチロウから電話かかってきたせいで、見られちゃったのよん。いいとこだったのにー。」
 カマキリさんは声のトーンが高くなり、さっきとは打って変わって中性的なキャラクターになった。そういう意味でもあるのかな。二人は楽しそうに会話していて、僕ははめられた恥ずかしさで顔を赤くした。

 「ごめんね川村っち!こう見えて案外仕事はできるから!で、相談はなんざんしょ?」
 「ミチロウさんどういうことですか?」
 「ステージ④では魔王を倒せる唯一の武器、伝説の装備を集めるんだ。つまり絶対的ないじめの証拠を集めるということ。この前スマホで会話を録音するっていう話をしたんだけど、それも伝説の装備の一つ。そこで証拠集めのプロにアドバイスもらったほうがいいかなと思ってさ。カマキリは探偵なんだよ。」
 「ドラマとか漫画の世界だと思ってた?探偵ってほんとにあるのよん。でね、川村っちを助けるためにここに馳せ参じたってわけ!」
 「探偵…」
 抱いていたイメージとあまりにもかけ離れすぎていて…何がなんだか…
 「ミチロウがなんて教えたか知らないけど、ただただいじめっ子との会話を録音しても意味無いのよん。」
 「そうなんですか?」
 「例えば暴力を受けたとする。そこを動画に撮れればいいんだけどそれはリスクが大きいでしょ?じゃあ録音のほうがいいやってなっても、音声だけで誰にどんな被害を受けたかを判別するのは難しいのよん。」
 「なるほど…」
 「そんなこんなで、川村っちにいじめ証拠集めのテクニックを伝授してほしい、って感じかなミチロウ?」
 「そういうこと。ごめんねカマキリ。」
 「ミチロウの頼みは断れないっしょ。それに最近いじめの案件増えてんのよん。」
 「そうなんですか?」
 「最近は直接のいじめだけじゃなくて、SNSとかネット掲示板とかバーチャル上のいじめが主流になり始めてさ、学校や親だけでは解決できないケースが多いのよね。」
 「僕はSNSとかしないから、そこは心配なさそうですね。」
 「掲示板とかも見ないほうがいいわね。ほっときゃいいのに見ちゃうから嫌な気持ちになるのよん。」
 「そうします。」
 「じゃあさくさくーっと作戦会議始めちゃいましょうか!」
 「はい!お願いします!」
 「素直でかわいいわね、川村っち!」
 これもキャラなのか?

 「さて、目的はいじめを終わらせることとしてまとめなきゃいけないのは4つね。1.ターゲット。2.X day。3.証拠集めの方法。4.制裁レベル。」
 「ターゲットは山口グループと、森川先生ですね。」
 「りょうかーい。で、X dayはどうする?ターゲットをより確実に屈服させるには、できるだけ長い期間をかけたいとこなんだけど…それまで川村っちがいじめに耐えられるかが問題よん。」
 「…1日でも早いといいなって…」
 「そうよねー。じゃあとりあえず1週間後ってことにして、証拠が集まり次第勝負といきましょうか!」
 「…はい。それでお願いします。」
 「おっけー。じゃあ次は証拠集めの方法ね。」
 「すいません。そもそもなんですけど、いじめがあるってことを校長先生や教育委員会とかに言えばいじめっ子たちや先生は処分されるんじゃないんですか?」
 「NO.NO.それだと甘いんだー。いじめはね、言い換えれば数の暴力なのよん。自分に不利になるようなことを人は素直に認めないでしょ?だから川村っち一人がぴーぴー騒いでも、山口きゅんたちは口裏を合わせたり、学校側はそんな事実は報告されてなかったーとかっていくらでも言い逃れできちゃうのよん。悲しいねー。」
 「そうなんですね…」
 「そこで!川村っち一人でもやつらを倒せる伝説の武器とやらを集めなきゃいけないの。やつらがぐうの音も出ない最強の証拠。それ使ってやつらのお尻を叩いちゃいましょ!」
 「はい!」
 「川村っちには「いじめ三種の神器」を集めてほしいのよん。」
 「なんですかそれ?」
1. くさったの日記。2.やられたの物。3. やったのレコーダー。この3つが集まったらもう言い逃れはできない。学校との話し合いは勿論、民事訴訟でもほぼ確実に勝てるわ。」
 「ほんとですか?」
 「槙原もびっくりの完全試合よ。そこでまず一つ目のポイント。いじめの証拠は5W1H。誰がやったか。何をされたか。いつやられたか。どこでやられたか。なぜやられたか。どのようにやられたか。これを明確にしよう。
 「難しそうですね…」
 「川村っちなら簡単に理解できるわ!じゃあいじめ三種の神器に当てはめて説明していくわね。まず、「くさったの日記」では、自分が腐っていく様子を日記に書いてもらうわ。
 「腐っていく?」
 「いじめを受けたことで心や身体が腐っていきましたーってのを報告しちゃうの。つまり精神的苦痛を受けた、身体的苦痛を受けた、というのを立証するのが目的。」
 「なるほど。」
 「いじめが始まってから、学校に行くのがつらいとか、朝起きるとお腹いたいーとか、そういう症状は無かった?」
 「ありました…昨日も家を出るときになって急に嫌な気分がして…」
 「典型的な軽鬱ね。自分でも気づかないうちに心を病んでいくのよん。学校に行くといじめられるから、身体が信号を出すの。行かないほうがいいよーって。でもまわりはその苦しさをわかってくれないから、仮病だろ。とか、みんな悩みの一つや二つあるんだから甘ったれるな。とか平気でひどいことを言ってくる。そういう二次被害で苦しんじゃう子もたくさんいるのよん。」
 「母さんはそんなこと言いませんでした。」
 「いいママね。それがあったからギリギリのところで心をつぶされなかったのよん。ママに感謝なさい!」
 「そうですね…」
 「と言った、ことを細かに記すのが「くさったの日記」。そしてこの日記をまとめる時にさっきの5W1Hを意識する。例えばこうよ。」

 7月1日。
 僕は何もしてなかったのに、山口に教室でキモイと悪口を言われた。
 「これだと、いつ→なぜ→誰が→どこで→どのように→何を、ってのがまとまってるでしょ。その上で…」

 7月1日。
 僕は何もしてなかったのに、山口に教室でキモイと悪口を言われた。
 それから胃が痛くなって晩御飯が食べれなかった。

 「こう書けば、山口きゅんのいじめが原因で胃を痛めたってことがわかるでしょ?」
 「それならできそうです!」
 「もし病院とかに通院した記録があれば、診断書とかも一緒に添付するといいわね。」
 「病院には行ってないですね。」
 「そう、それはよかったわ。こういう書証があると、いじめを流れで終えるから便利なの。辛いかもしれないけど、いじめに遭ったら日記を書く。これ覚えといて。」
 「わかりました!」
 「いいお返事!じゃあ次は「やられたの物」で物的被害を告発するわよん。川村っちは現物としていじめの証拠になる物持ってるかしら?」
 「うーん…落書きされた教科書とか、破られた本とかって使えますか?」
 「いいじゃない!「やられたの物」のポイントはとにかく被害を受けた現物をその状態のまま保管しておくこと。残しづらいものがあればスマホのカメラでばんばん撮影しちゃうのよん。被害の内容はそれで証言できる。あとは山口きゅんたちがやったって裏づけがとれれば完璧なのよん。」
 「筆跡鑑定とかってできないんですか?」
 「訴訟すれば可能かな。あたしたちでもできないことないけど、そこまでしちゃう?数十万かかるわよん?」
 「あ、それは…」
 「これいじめ問題の難しいところでね、物的被害って裏づけとなる証拠がないと立証するのが難しいのよん。本人が自白すれば証拠がなくてもいいんだけど…なかなか自分に不利なことは認めないでしょ?なんとでも言い逃れできちゃうのよねー。まわりの証言とかがあればいいんだけど、いじめを傍観しているような子たちが手を貸してくれる可能性がそもそも低いからさ…」
 「まわりは助けてくれないと思います。」
 「残念だけど、あまり期待しないほうがいいかもね。」
 「ちなみに過去の被害でも証言をとれれば立証できますか?」
 「それは可能性がぐっと上がるけど、どうするのよん?」
 「例えばですけど、山口たちのところに教科書を持っていって、山口くんどうして落書きするの?って聞くとか。」
 「できるならいいと思うけど、なかなか難しそうじゃない?もしできるならやってみて!」
 「…自分で言っておきながら、やっぱり厳しそうですね…」
 「やられたの物を見せて山口きゅんたちが自白すればラッキーくらいの気持ちで、とにかくいじめの物的証拠は残すこと。オッケー?」
「おっけーです!」

 「よろしい。じゃあ最後にあたしたちの切り札、「やったのレコーダー」ね。やつらが「いじめをした」と証言してる音声を録音するってわけ。」
 「理解できるんですけど、それって素直に認めますかね?」
 「ここがプロの腕の見せ所なのよん。「やったのレコーダー」を使うときは5W1Hで会話をする。さっきの例で言うと、山口きゅんたちが川村っちに悪口を言ったとするでしょ?そしたら川村っちは、山口くんどうして悪口言うの?と言えばいい。これで誰が、何を、の条件を満たせる。次に山口たちはお前がキモいからだよとか反論してくるはずだから、これでなぜ、の理由を満たせる。こんな風に、向こうが5W1Hを発言してこないときは、こちらから発言するように誘導していく。そうすれば音声だけでも証拠能力がぐんと上がるってわけ。」
 「すごいですね!」
 「すべての要素を満たすのはなかなか難しいかもしれない。それなら、誰が、何をしてきたか、っていうのだけでも録音できればいいわ。山口くん殴らないでよ、とか、山口くんお金取らないでよ、とか。相手の名前と、何をされたを口に出すこと。そうすればいじめの事実を立証できるのよん。
 「それだけならできそうです!」
 「川村っちえらーい!てことで、これをプレゼントしちゃうわ。」
カマキリさんは胸ポケットから黒色の小さなレコーダーを取り出した。今度は銃ではなかった。
 「家を出たらここをオンにする。学校を出て、猿タコスか家に帰ったらここをオフにする。そうすれば学校外でいじめに遭っても録音できるでしょ?」
 「これもらっていいんですか?」
 「いいのいいの。スマホだと充電が切れちゃう可能性もあるからね。録音も長時間できるし、10時間くらい余裕で充電も持つわ。レコーダーって今すごく安くて、3000円で身を守れるって考えたらボクシング習うよりお得よね!ほんとはあたしも手伝いたいんだけど、第三者が手伝うと盗聴だーとか言われちゃってさ。ちとめんどうなことになるからこれはプレゼントしちゃうわ!」
 「ありがとうございます!」
 「喜んでる場合じゃないわよ川村っち!ミチロウから聞いたけど、山口たちを前にしたら固まっちゃったんだって?」
 「あ…はい…」
 「怖いわよね…わかる。あたしもヤクザ10人に囲まれたときはさすがに声でなかったもの…」
 「いや、そこと比較されても…」
 「探偵になったと思いなさい!」
 「どういうことですか?」
 「いじめられてると思うから卑屈な気持ちになる。だけど川村っちは探偵なの。学校に潜入していじめっ子たちの不正を暴き、きつい一撃をお見舞いするために証拠を集める名探偵。そう思えば、いじめられることに意味が生まれる。いじめられてるんじゃない。いじめさせてるんだ、って。」
 「いじめさせてるか…」
 「プラシーボでも気休めでもなんでもいいから、とにかく胸張って証拠集めなさい!」
 「はい!」

 カマキリさんはなよなよしたしゃべり方だが、びしっと言う時には迫力があった。
 「じゃあ最後に制裁レベルを決めちゃおっか!レベルによって戦い方が変わるわ。」
 「どういうレベルがあるんですか?」
 「1.注意処分レベル。教育委員会にいじめの証拠を提出すれば、当事者への停学・ないし退学処分。あと当該教師と管理職の懲戒処分ってとこかな。このときいじめがあったかどうかの調査が行われるんだけど、事実否認や最悪隠蔽する可能性もあるから気をつけないといけないのよん。そうなった場合は報道メディアや議員、文科省とかを巻き込む必要があるかもね。」
 「そんな上の人たちまで巻き込まなきゃいけないんですか?」
 「最悪の場合はね!まぁそこまでこじれないように、川村っちには三種の神器を集めてもらうというわけ!アンダースタンド?」
 「はい!」
 「じゃあ、2.金銭解決レベル。訴訟を起こして民事事件として扱っちゃう。示談に持ち込めれば、わりとスムーズにまとまったお金をとれちゃうわ。川村っちのためだったら良い弁護士も紹介しちゃうわよ!」
 「訴訟となった場合はどれくらいの期間がかかるんですか?」
 「そうねー。場合にもよるけど長いと数年って感じかなー。」
 「そんなにかかるんですね…」
 「そうね。裁判って大変なのよん。じゃあ次に、3.檻にぶちこんじゃうレベル。警察に被害届を出し、刑事事件として扱わってもらったうえで当事者を少年院か刑務所にぶちこむってわけ。だけど捜査をしてくれるかどうかもわからないし、捜査が始まっても事件性がないと判断されれば刑事事件にはならないわ。」
 「なるほど…事件として扱われない可能性もあるってことですね。」
 「その通り!これまた裁判にはけっこうな時間がかかるわ。ラストは、4.終了のお知らせレベル。SNS掲示板にいじめの内容と当事者を特定できるかできないかのぎりぎりの情報をばらまいちゃうの。自称正義感の強い人や、お祭り大好きな人には格好の餌になるわ。自宅への嫌がらせによる転校、引越し。テレビとかにも取り上げられれば、就職できない、結婚できないとか、一生罪の十字架を背負わせることもありうる。だけど人を呪わば穴二つよん。」
 「なんですかそれ?」
 「川村っち自身も標的になる可能性があるわ。当事者と同じ人生を歩んじゃう可能性も加味して検討したほうがいいわね。」
 「…わかりました。」
 「制裁レベルはざっくりこんな感じかしら。もし川村っちが望むなら、怖いおにいさんに山口きゅんたちを教育してもらう…なーんてこともできちゃうけどいかがかしら?」
 「いや…けっこうです…」
 「あら、そう!ってことでどーしちゃう?何レベルでいく?」
 「うーん…ちょっと考えさせてください…」
 「もちろん!あたしのこともミチロウのことも気にしなくていいから。川村っちがどうしたいか、それに素直になればいいわ。ちなみにあたしだったら…」
 「カマキリさんだったら?」
 「今流行の4.かなー!ほらあたしって性悪説信者じゃない?彼らが大人になったら社会にマイナスを与えること間違いないでしょー。だ・か・ら、きっついのお見舞いしたげるの!」
 「…つまり社会のために裁くと。」
 「おみごとでーす!X dayまでゆっくり考えてちょーだい。てなわけであたしのレクチャーは以上。サンキューエビバディー、昭和最後のひょうきん者カマキリでしたー。」
 「ありがとうございました!」
 「感謝するなら身体くれ!」
 固まる僕を見て、カマキリさんは冗談冗談と笑い、ビールを飲み干した。会話を終えた僕たちを確認して、ミチロウさんはいつものあれをした。
 パパパーンパンパッパーン。
 「勇者川村は、ミッション「いじめ三種の神器」をスタートした。装備「レコーダー」を手に入れた。装備「探偵ハート」を手に入れた。」
 「あたしはあたしは?あたしもなんかレベル上げてよ!」
 初めてこのくだりに反応する人がいた。

 そのあと明日の作戦を立てた。
 それはきわめて困難なものだったが、しっかりと逃げ道も用意されていて、とてもじゃないが一人では考えられない素晴らしい作戦だった。3人で話していると、なんだかできそうな気がしてくる。
 帰り際にミチロウさんは、「朝から開けとくからいつでもおいでませ。」と優しい言葉をかけてくれた。カマキリさんは「レコーダーを回している間は、いじめてくれてありがとうございます、くらいの気持ちでいなさい。」という変なアドバイスをくれた。「その受けた痛みをあとあと100倍にして返せるから。」
 ここに来る人たちはみんな僕を助けてくれる。僕も誰かのために、何かできる人間になりたいなと思った。


 帰宅すると22時をまわっていた。
 「おかえり。遅かったわね。」
 「ただいま。ごめんね。」
 「どうだった?」
 「明日からいじめの証拠を集めることになった。」
 「大丈夫なの?」
 「大丈夫!レコーダーも貸してもらったし、方法も教えてもらった。」
 「いや、そうじゃなくて一人で大丈夫なの?」
 「…なんて言うかさ、僕は今までいろんなやらなきゃいけないことから逃げてきた気がするんだ。だから今回は自分でできるところまでやりたいんだ。」
 「俊樹…強くなったね!」
 「そんなことないよ…でも少しづつ良い方向に変わってきてると思う。」
 「そうね。すごいと思う。母さんにできることがあったらいつでも遠慮せず言うのよ!」
 「来週の月曜日に校長や教頭を交えて話し合いをしようと思う。もちろん証拠を持って。そこには母さんも一緒に来てほしい。」
 「了解しました!」
 「あ、あと…」
 「どした?」
 「お腹空いた。」
 母さんはふふふと笑ってうどんをつくってくれた。ここからしばらくは僕一人の戦いだ。きっとうまくいかないこともある。だけどここで負けない。僕は変わりつつある。大丈夫。

 スマホを見ると2時間前にメールが入っていた。「読みました。めちゃくちゃいい!!上に見せたら反応もよかった。連載とれるかもしれないから、続き書いといて。褒めてつかわす。 すけ」
 信じられない…連載とれるかも…興奮した。いじめられっ子の僕が雑誌で連載を持つなんて、誰が想像できた。すごい…すごいじゃないか!
 連載を続けるためにも、いじめを解決するしかない。これで戦う理由がまた増えた。やってやるぞ。僕は勢いよくうどんをすすり、机に向かった。

 ステージ④ダンジョン(未クリア)
 ーカマキリさんがパーティに加わった
 ーミッション「いじめ三種の神器」がスタートした
 ー装備「レコーダー」を手に入れた
 ー装備「探偵ハート」を手に入れた

 僕はぼうけんのしょにセーブした。

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生徒も大活躍!?「起業家EXPO 2019」にて、優秀賞をいただきました!

3/11、京都信用金庫主催で行われた「起業家EXPO2019」
そこで、株式会社COLEYOが優秀賞をいただきました!✨

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こちら、いただいた賞状とガラスのトロフィー。教室のどこに飾ろうか迷う……


当日500人の観客の前でプレゼンをしたのは、弊社含め京都発のベンチャー企業10社です。
みなさんとても魅力的な事業をされていて、「こんな考え方があるのか!」とたくさん勉強させていただきました。f:id:stud-io:20190312211609j:plain
代表川村の登壇の様子。緊張したのかと思いきや、むしろ「500人に聞いてもらえてうれしい!」と興奮気味だったとのこと(笑)


10社のプレゼン大会の後には、参加者の交流会が行われました。
実は、studioあおの生徒が交流会のオープニングイベントを依頼されていたんです!!f:id:stud-io:20190312211705j:plain
イベント終了後に撮った、嬉しそうな笑顔をパシャり。
この3人のチームで、イベント内容の企画・作成・当日の発表すべて行ってくれました。無事に乾杯が終わって安心している様子ですが……f:id:stud-io:20190312211639j:plain
本番前は、やっぱりちょっと緊張気味。教室長と一緒に、4人で流れを最終チェック~!!

f:id:stud-io:20190312211635j:plain本番中の様子です。しっかり発表できて、参加者の方々もとってもよろこんでくれたみたい!撮影していた中の人は、「よかったよ~!」と何度もお声がけいただきました。

 

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成功おめでとう~の証に、みんなでパシャリ。ぎりぎりまで頑張った甲斐がありました!3人とも、お疲れさま~!!


今回このような賞をいただけたのも、生徒たちがオープニングイベントを成功させられたのも、株式会社COLEYOを支えてくださっているみなさまのおかげです。いつも本当にありがとうございます!f:id:stud-io:20190312220145j:image
まだまだ未熟な会社ではありますが、「全ての才能に目を向けよう」のことばを日本中に広められるよう全力で走っていきます!
どうかこれからも応援のほど、よろしくお願いいたします!

 

『いじめRPG』第7章 ザラリホー 左子光晴

ラリホー
 ステージ③魔王の城:ラスボスに宣戦布告する
 →いじめっ子に対してNOを突きつける
 →いじめが止まらない場合、親・教師に報告する

 帰宅した僕はご飯も食べず、早速コラムに取りかかった。とはいえ、パソコンの使い方がわからないのでひとまずノートへ。
 ー小生、現役のいじめられっ子でして…
 違う。
 ーいじめというのは精神的にとても辛いものがありまして…
 これでもない。
 父さん以外のために書くことは初めてで、なんて書き出せばいいのかがまったくもってわからなかった。僕の言葉で、僕の経験を基にありのままか。ターゲットはいじめられっ子を持つ親。うーん。僕はどんなことを考えていただろうか。辛かったことはなんだろうか。手探りの中、僕はとにかくコラムを書き上げた。
 1000字というのは、普段長編ばかりを書いている僕にはとても短く、書いては消し、読み返しては書き直しの連続だった。まぁこんなものか。うん。悪くない。
 コラムを書き終えると僕は勢いよくベッドに倒れこんだ。そういえば昨日寝てないんだった。あーしずむー…シーツの繊維と言う繊維に細胞が染み出すかのように眠り溶けた。

 
 9月16日 日曜日
 昼過ぎにやっと目が覚めた。12時間以上寝てたらしい。腰も痛いし、頭がぼーっとする。こんなに寝たのは久しぶりだ。
 ノートを見るとエニグマでしか解読できないような文字が羅列してあった。あーあ。これはパソコンで書き起こさないと。
 リビングに行くと仕事が休みの母さんがいたので、僕は寝ぼけながらパソコンとノートを持っていった。
 「母さんってさ、パソコン使える?」
 「会社で触るくらいだからOfficeしか使えないわよ?」
 「おふぃす?何それ?」
 「あんたほんとに平成生まれなの?で、パソコンがどうしたのよ。」
 「これ。パソコン貸してもらったんだけど、使い方がわかんなくてさ。」
 「貸してもらったって誰に?」
 「あー、すけねえさん。」
 「すけねえさん?誰?」
 「誰って…友達だよ。」
 「ふーん。で、パソコンで何がしたいの?」
 「文字を打ちたいんだけどどうしたらいい?」
 「ちょっと貸して。」
 母さんはパソコンを起動させ、ぱぱぱとWordを開いた。
 「ローマ字入力はできるわよね?」
 「まぁたぶん…」
 僕は冴えない頭で文字をぽちぽちと打ち込んでいった。
 「何書いてんの?」
 「あー原稿。」
 「原稿って?」
 「雑誌でコラムを書くことになるかも。ていうか作家になるかも。」
 「え、何それ?どういうこと?」
 母さんの大きな声で、僕は目が覚めた。あたふたしてる内に母さんはノートを手に取り、黙々とそれを読み始めた。こんな形でいじめを告白することになるとは…やってしまった…大失態だ…

 しばらくして母さんが口を開いた。
 「俊樹…全然読めない…」
 かろうじて難を逃れた僕は、冷静に事の顛末を説明した。いじめのことは伏せて…
 母さんは心配するでもなく、喜ぶでもなく、よかったわね。とだけ言ってくれた。もっと大喜びするもんだとばかり思っていたので少し拍子抜けした。

 キーボードを見ながら人差し指で文字を打ち込んでいく作業は、原稿を考えるよりもはるかに時間がかかった。慣れるまでにはまだまだ時間がかかりそうだ。データ起こしを終えた僕は、gmailアドレスを母さんに取得してもらい、すけねえさんにデータを送った。すぐに「確認します。ありがとうございます。 すけ」と返信がきて、僕は早くも作家気分になった。
 時計を見るともう16時を過ぎていて僕は急いで支度を済ませた。家を出るとき母さんは「待ってるわね。」と言った。僕は「そんなに遅くならないけど、先にご飯食べてていいよ。」と言った。


 猿タコスには17時前に着いた。
 「ミチロウさんこんにちはー。」
 「やぁ。原稿はどう?順調?」
 「もう書き上げてすけねえさんに送りました!」
 「いいねいいねー。この調子で次のステージに進んじゃおう!」
 「はい!」
 「いよいよステージ③魔王の城です。このステージのクリア条件は魔王と言う名のいじめっ子に宣戦布告をすることです。川村くんはこの一週間ずっと自信レベルを上げてきた。たくさんの装備を身につけ、奥義を覚えた。それらの自信をフルに使って、魔王のいじめ攻撃に“NO”という反撃を浴びせる。うまくいけばここでいじめが終わるし、それがダメでも次の一手は用意してある。だから思い切って反撃してほしい。」
 「なんか…できる気がします。今の僕は前までの僕と違うんです。何かうまくいきそうな気がするんです。」
 「それでいい!何かうまくいきそうっていう不確かな自信を持てるまでになったんだよ。ほんとにすごいと思う。今日はその成功確立を高めるために、反撃の方法を考えて、反撃するためのイメトレをしようと思う。」
 「イメトレですか?」
 「きっと本番になると川村くんは緊張する。今まで自分をいじめてきた相手だ。いろんな辛かった思い出や、相手に対する恐怖。そういったものが積もり積もってうまく話せない可能性が高い。だからこそ良いイメージを何度も何度も頭に刷り込むんだ。こういう状況だったらこう反撃する、この場面ならこう言うといった具合に、様々な状況下でどう立ち振る舞うかをイメトレしておくと、その通りに身体が動きやすくなるということ。」
 「なるほどー。まぁなんとかなると思います!」
 「うーん…まぁそれだけ自信があれば大丈夫かもしれないね!よしわかった。いじめに対する反撃の目的は、いじめっ子に対して、いじめに抵抗する姿勢を見せること。その上で反撃の方法には2つの選択肢がある。1.動的反撃。2.静的反撃。
 「どういう意味ですか?」
 「平たく言うと、1.は物理的反撃を仕掛けること。例えば殴りかかるとか、机をぶん回すとか、彫刻刀を投げるとかね。これはいじめが止まる確率も高いけど、その分反撃する勇気もいるし、失敗したときに仕返しされる可能性もある、ハイリスクハイリターンな戦略。次に2.は口で反撃すること。これは抵抗姿勢を見せるという目的を達成するには一番いい方法だけど、いじめっ子によっぽどのリテラシーがない限りすぐにいじめは収まらない、ローリスクローリターンな戦略。ちなみに3.トリッキーっていう選択肢もあって、これはあまり現実的じゃないんだけど、とにかく関わらないほうが身のためということをわからせる目的で、ヤバいやつを演じる。例えば教室に豚の臓物を撒き散らすとか、教壇の上でうんこするとか。いじめが止まったとしても別の意味で避けられる可能性があるので、ハイハイリスクローリターンな戦略ってとこかな。」
 「あ、もう2.しかあり得ないですね…1.と3.は僕にはちょっと…」
 「ですよねー…1.はよくマンガとかドラマで描かれてるんだけど、たしかに川村くんの性格を考えたときにはないかもね。ちなみにオシャにいさんはハサミで相手を切りつけたらしいよ。」
 「あの人そんなヤバい人なんですか?」
 「彼の場合は背も大きいし、当時は体重もあったから、動的反撃のほうが向いてたのかも。ここでのポイントは、いじめっ子はたちが抱いている、“いじめられっ子は抵抗しない存在”というイメージをぶち壊すことなんだ。だから自分に合った方法で反撃すればいい。
 「なるほど…体格の話をされると余計に2.ですね。」
 「そうだね。それが川村くんには向いてると思うよ。じゃあ2.の具体的な反撃方法なんだけど、ここはもうシンプルに“いじめをやめろ”と伝えよう。」
 「それだけ?」
 「それだけでもかなり気力を使うと思うし、何より目的は達成できる。」
 「静的反撃でも、一発でいじめを止める方法はないんですか?」
 「うーん…止まるかは相手のリテラシー次第だけど、止まる確立が高いのは、呪文「ザラリホー」かな?」
 「なんですかそれ?」
 「ザラキっていう敵グループの息の根を止める呪文と、ラリホーっていう敵グループを眠らせて動きを止める呪文があるのね。これをザラキラリホーの順番で相手に唱えるのが、呪文「ザラリホー」。心理学に、最初に断られる前提で大きな要求を提示して、その後に本当の目的だった小さな要求を通す、ってテクニックがあるんだけどその応用だね。」
 「ちょっとよくわからないです…」
 「いじめをやめなければ法的措置をとる。だけどもし今止めてくれるなら、今までのことは水に流して忘れる。さぁどうする?って具合に相手に提示するんだ。」
 「あいつらは社会的に終わることを怖れて、いじめをやめると。なるほど。」
 「これはこれで激昂されるリスクもあるし、あまりお薦めはしないけどね。」
 「いや…なんか言える気がします。早くいじめから抜け出したいんです!」
 「まぁ川村くんがそう言うならチャレンジしてみな!何度も言うようだけど、もし「ザラリホー」が使えなかったとしても、いじめをやめろ、というのだけは伝えるんだよ。」
 「はい!大丈夫です!」
 「よし、じゃあイメトレしてみよう!」

 僕はいろんな場面を想定した。
 朝学校に行くと上履きがなくなっている。
 教室に入ると、僕の机だけが教室の隅に追いやられている。
 教科書に落書きされ、物を隠される。
 休み時間にトイレに呼ばれ、殴られる。
 昼休みにパシリをさせられ、お金も奪われる。

 山口、大原、松本、寺田、内村。頭の中で僕は彼らに敢然と立ち向かう。「いじめをやめろ。」そして呪文「ザラリホー」を唱える。あいつらはばつの悪そうな顔をして、「今まで悪かったな。お前がそんな風に抵抗してくるなんて思わなかったよ。ごめんな。許してくれ」と言う。
 いや、違う。「川村さんごめんなさい。もうしませんから何卒刑務所だけは勘弁してください。親には迷惑かけたくないんです。今まですいませんでした!」
 うーん、悪くない。
 たしかにイメトレは効果的だった。考えれば考えるほどに、僕は強くなっていった。山口の泣き顔。大原の土下座。心の靄が晴れていった。
 問題ない。今僕にはいい流れが来ている。大丈夫だ。大丈夫。

 ミチロウさんはふーっとタバコを吸い終え、いよいよ明日だね、と言った。
 「そうですね!」
 「がんばってね。何かあればうちにおいで。それから、スマホの録音ボタンを押してポケットに入れておくこと。」
 「了解です。じゃあまた来ます。今日もありがとうございました!」

 帰宅すると20時をまわっていて、リビングには二人分のご飯が手付かずで置かれていた。
 「おかえり!」
 「ただいま。あれ、まだ食べてなかったの?」
 「俊樹と話したいなと思って。今日も楽しかった?」
 「楽しかったよ!」
 「今日も行ってたの?猿タコス。」
 「そうだよ。」
 「母さんも今度連れてってよ!」
 「いいよ。またいつかね。」
 「約束よ!でも楽しそうで何よりね。他は、何か話すことはない?」
 「話すこと?うーん…特にないかな…」
 「そう。じゃあごはんにしようか。」
 「うん。お腹すいた。」

 僕はさささとご飯をかきこみ、洗い物を済ませて風呂に入った。目をつぶりもう一度イメトレをする。うん。やっぱり大丈夫だ。あいつらなんて怖くない。あいつらは雑誌にコラムを投稿するなんてできない。あいつらには何もない。だけど僕にはある。負けないんだ。

 その日はなかなか眠れなかった。イメージが浮かんでは消え、消えては浮かび、ずっと頭が冴えている。時計の針は一定感覚で進み続け、窓の外から車の音が聞こえる。右に左に寝返り。小鳥の声が聞こえる頃に、やっと眠りにつくことができた。

 9月17日 月曜日
 学生服に着替え寝ぼけまなこで洗面を済ませる。髪の毛をセットすると気持ちが高ぶってきた。朝食もいつもより美味しく感じる。よしいい感じだ。母さんに行ってきますと伝え玄関に向かう。
 靴を履く。右。ひだ…胸がとくんとした。嫌な汗が出て頭がかゆい。あれ。すごく嫌な感じがする。この靴を履きたくない。この扉の向こうに行きたくない。
 「大丈夫?」
 振り返ると母さんがいた。5分ほどぼーっとしていたらしい。
 「あ、大丈夫。うん行って来る。」

 どうやって学校に着いたかはあまり覚えてない。気がつけば下駄箱に立っていて、やっぱり僕の上履きは無くて、ゴミ箱を探しても見あたらず靴下のまま教室に向かった。
 「あれ、こんなやついたっけ?髪なんて切っちゃってさー。まだ生きてたのか?せっかく花買ってやったのによー。」
 教室の隅に追いやられた机の上には、花瓶が置かれていた。僕は机を戻し、花瓶を床に置いた。すると山口と大原、そしてその取り巻きが近づいてきた。
 「勝手に机が動くなんて不思議だなおい。幽霊でもいるのか?大原ちょっと座ってみろよ。」
 山口に命令された大原が僕の上に座る。
 「うわ、なんかここにいるよ!やべーよ!」
 立ち上がろうとするが、大原の肘が邪魔で立ち上がれない。
 「なんか勝手に動くよこの椅子。これは清めないとやばいよ!聖水かけようぜ!」
 そう言って大原は花瓶の水を僕にかけた。山口たちの笑い声が響く。僕は俯いたまま、何もすることができなかった。
 チャイムが鳴りみんな机に戻っていく。先生は教室に入るや否や僕を見て、「川村来てたのか。」と言った。僕はただただ俯くことしかできなかった。

 時間だけがだらだらと過ぎていった。椅子に根が張ったかのように動けなかった。授業の声は頭に入ってこなくて、教科書も出さず、ノートも開かず、とにかく時間だけが過ぎていく。気がつけば昼休みになっていて、僕はいつもの校舎裏にとぼとぼと向かった。本も持たず、パンも無くて、ぼーっと空を見上げていた。
僕はいったい何をやってんだろう。
 あいつらを前にすると何も言えない自分がいた。身体が固まって、何も言葉が出なくて、が真っ白になった。
 あんなにもミチロウさんにお世話になったのに。自信レベルを上げたのに。たくさんイメトレしたのに…
 悔しさがこみ上げる。涙が溢れる。だけどそれを拭う気力もなく、つーっと流れていく涙の筋がむずがゆくてもじっとしていることしかできなかった。
 チャイムが鳴っても僕はそこを動くことができなかった。もうこのままここにいよう。いつか誰かが僕に気づいてくれるかもしれない。そっと手を差し伸べてくれるかもしれない。
 スマホが胸元でぶるっと震えた。そう言えば録音することも忘れてたな。スマホを開くとメールが届いていた。すけねえさんからだった。慣れない手つきでメールを開くと、「誰に向けた文章なのかわからない。読めるレベルじゃない。やり直し。 すけ」と書かれていた。

 あ、もうだめだ。

 僕は数時間前に登校して来たであろう道を、歩幅を確かめるように白線をまたいで歩いた。途中猿タコスの看板を見つけたがシャッターは閉まっていた。元より、猿タコスに寄る気力を僕は持ち合わせていなかった。
 切符を買って改札を抜ける。ホームには人がまばらで、僕は白線の一番手前に立っていた。あと一歩踏み出せば、あと一歩ですべてを終えることができる。圧倒的な絶望を前に、一周回ってもうなんでもいいやという気持ちが芽生えていた。あーもう楽になってしまおうか。十分がんばったじゃないか。
 陰惨たる哉現状、遼々たる哉願望、五尺の小躯を以て此差をはからむとす。萬有の眞相は唯だ一言にして悉す、曰く、「不可能」。我この恨を懐いて煩悶、終に死を決するに至る。既に白線に立つに及んで、胸中何等の不安あるなし。始めて知る、大なる悲觀は大なる樂觀に一致するを。

 そのとき回送電車がびゅんと目の前を横切った。僕は尻餅をついてその場に倒れこんだ。背中がじとっと濡れ、そしてパンツに温もりを感じる。その不快感は僕がまだ生きていることを教えてくれた。
 僕はスマホを取り出し、電話をかけた。
 「母さん、話したいことがあるんだ。」

 母さんは慌てて帰ってきてくれた。「どうしたの?大丈夫?」その声を聞いて僕は泣いた。声を出して泣いた。母さんは何も言わず、ただじっと僕が泣き止むのを待ってくれた。

 「…母さん。あのさ、僕、いじめられてるんだ。」
 「よかった…」
 「よかったって?」
 「ずっと待ってたのよ。俊樹が話してくれるのをずっと待ってた。だけどもっと早く聞くべきだったね。一人で抱え込ませてごめんね。」
 「違うんだ。話さなかった僕が悪いんだ。母さんに言ったら心配するだろうなとか、川村家の恥に思われるんじゃないかって…ずっと思ってた。だから、ごめん…なさい。」
 「ほんと優しい子ね…きっとそうなんだろうなって思ってたけど、あたしからは聞けなかった。」
 「どうして?」
 「俊樹のやりたいようにやらしてあげなさいっていうのがあの人の口癖だった。俊樹はあたしよりも父さんのほうが好きでしょ?」
 「そんなことないよ!」
 「いや、そんなことあるわ。でもそれでいいの。皮肉とかじゃなくて、それで家族がうまくまわるならあたしはそれでよかったの。だから父さんが死んで、その役割を担う人がいなくなったときにあたし思った。今度はあたしがあの人みたいにならなきゃって。できるだけ俊樹の意思を尊重しようって。でもだめね。やっぱり心配になって、学校はどう?楽しい?ってそればかり聞いちゃってた。」
 「だめな親子だね。」
 「そうね。」
 笑い声が我が家を包んだ。僕はそれから、今自分が置かれている状況をすべて話した。
 いじめられていること。
 それをずっと我慢していたこと。
 そして今猿タコスで相談に乗ってもらっていること。

 母さんは僕の話を聞き終えると、二回頷いてから口を開いた。
 「母さんはどうすればいいかしら?俊樹はどうしてほしい?」父さんみたいに母さんは話した。
 僕はぼうけんのしょを開いて、少し考えてから答えた。
 「熱くならずに冷静に対処してほしい。僕はこれからいじめの証拠を集めていじめっ子と戦う。その証拠を校長や教頭に提出するから、その場に一緒に立ち会ってほしい。」
 「わかりました。あたしに他でできることはあるかしら?」
 「今のところ大丈夫かな。」
 「わかった。でも俊樹、これだけは覚えといて。」
 「何?」
 「何があってもあたしは俊樹の味方だから。ほんとに嫌なら学校休んでもいいし、転校してもいいし、学校辞めたっていい。もし俊樹が一人で解決できないとなったら、母さんは刺し違えてもいい覚悟でいじめっ子のとこに行くから。」
 「物騒だな…」
 「俊樹は一人じゃない。それだけ覚えててくれたらいいから。」
 「…うん。ありがとう。」
 「あと一つ提案なんだけど?」
 「なに?」
 「お風呂入ってきたら?あんた微妙に臭うわよ…」

 湯船に浸かりながら僕は考えた。
 父さんが死んでから、僕はずっと一人だと思っていた。でもそれは大きな間違いで、母さんはいつも見てくれてたんだ。何も言わず、ただじっと僕が立ち上がるのを待ってくれてたんだ。
 見てるつもり、知ってるつもり、というのは往々にして見てないし、知らないものだ。母さんは怖くて、厳しくて、うるさくて、それでいて弱いとばかり思っていた。だけどそうじゃない。我慢して耐えることがどれだけ辛いかを僕は知っている。それでも待ってくれていた母さんは、強い人間なんだ。

 風呂から上がると、母さんはカレーを用意してくれていた。レトルトだけど、カレーはカレーだから。と言って、母さんが三人分のカレーをお皿によそった。そういえば今日は朝から何も食べてない。僕は父さんの分の、線香臭いカレーもかきこんだ。
部屋に戻り、僕は次にどうすればいいかを考えた。ぼうけんのしょを開く。考える。今自分がなすべきことは何か。考える。今自分にできることは何か。
 いや、違うぞ。一人で抱え込むんじゃない。相談すればいいんだ。僕は一人じゃない。
 なんて話すかも考えないまま、僕はミチロウさんに電話をかけた。
 「はいはいミチロウです。川村くん?どした?」
 「…あの…うまくいきませんでした。ごめんなさい…」
 「そかそか!そんなこともあるよね!で、何がうまくいかなかった?」
 「全部です…反撃もできなかったし、録音もできなかったし…授業の途中で逃げてしまいました。で、そのあと母さんにすべてを話しました。」
 「いいぞ!ちゃんと逃げれたんだね。えらい。母さんに話したことはもっとえらい!よくできたじゃん!」
 「いや…全然そんなこと…」
 「前は、親に相談できないーって言ってたんだよ?それを話せるようになっただけでも、めちゃくちゃ進歩してるじゃん!やっと家族マヌーサから抜け出せたんだ。それに逃げたことで気力生成センターもぶっ壊されてない。現にこうして電話をかけてきてくれたんだ。すごいことだよ!」
 「あ、ありがとうございます…」
 「でも、このままにしといたらまた元に戻っちゃうから、できなかった要因が何か、その上で次にどうするかを一緒に考えよう。どうする?今からうち来る?」
 時計を見るとまだ15時だった。
 「いきます!今から支度するんで…あ、ちょっとやらなきゃいけないこと終わらせてからいきます!18時にはいけると思います!」
 「りょうかい!じゃあ待ってるねー!」
 「はい!ありがとうございます!」
 電話を切ると、僕はパソコンに向かった。17時まであと2時間。1000字なら間に合う。
 すけねえさんのメールを見返すと、また心がずんとした。誰に向けた文章かわからない、か
…ターゲットはいじめられっ子を持つ親…いじめらっれっ子…親…

 あ、そうか!ターゲットは母さんなんだ。母さんが読みたいものを書けばいいんだ。母さんは僕がどんな状況になっているかを知りたかったはずだ。母さんは僕が何を思い、何を考え、どこで何をしているかを知りたかったはずだ。そして何より、母さんは僕に対して何をしてあげられるかを知りたかったはずだ。
 どばーっとすごい速度で文章が頭に浮かぶ。タイピングがその速度に追いつかないのがもどかしい。もっと速く。もっと書きたい。1000字じゃ足りない。

 ー「そうだ、今日、死のう」
 一週間前の僕が学校の帰り道につぶやいた言葉。
 このコラムは、今まさにいじめられている僕が、いじめを解決するまでの道のりを描いたものだ。いじめを解決できる保証はどこにもない。それでも僕は立ち向かう。変わると決めたから。ー

 そんな書き出しだった。迷うことなく、指を止めることなく、ひたすらに書き続けた。17時前には2000字を書き終えていた。頭の中には、正しく配置された文章が山ほど残っていた。
 「川村です。2話分送ります。まだまだ書けます。 川村」メール画面にそう書き込み、すけねえさんにデータを送った。

 初めて母さんのために文章を書いた。またダメ出しされるかもしれない。それでも、折れずに何度でも書いてやろう。掲載されたら母さんに見せるんだ。ついでに父さんの仏壇にも飾ってやろう。
 寂しいよって/泣いてても/何も元にはもう/戻らない/欲しいものはいつでも/遠い雲の上

 18時前に猿タコスに着いた。どんな顔をして入ればいいかわからなくて、店の前で立ち尽くしているとミチロウさんがドアを開けてくれた。
 「いらっしゃーい。待ってたよ。」
 「あ、あの…」
 「ホットでいいかい?」
 「…はい!」

 さてさて、と言ってミチロウさんはコーヒーを淹れてくれた。砂糖を二杯入れてかき混ぜ、クリームを垂らす。やっぱりここのコーヒーは美味しい。一口飲んで、僕はミチロウさんに謝った。
 「とんでもない!ボクも楽観的に考えすぎてたのかもしれない。ごめんね。」
 「ミチロウさんは何も悪くないです!僕もなんか、調子に乗ってました…」
 「調子には乗っていいんだよ!じゃんじゃん乗っていこう!調子に乗れたから行動できた。行動できたから、できないことがわかった。残念な結果だーって思ってるかもしれないけど、行動しなかったら何も変わらず、何もわからない状態だった。だからいいんだよ。何度でも失敗すればいい。そして徐々にできるようになればいい。」
 「…はい!」
 「さて、コントローラブルなことから考えていこうか。まず、反撃できなかった要因は何だと思う?」
 「なんて言うか…頭が真っ白になりました。家を出るまでは調子が良かったんです。だけどいざ家を出ようとしたら気持ちがずーんとしてきて。どうやって学校にたどり着いたかもわからなくて…」
 「なるほどー。」
 「教室に入ったら僕の机に花瓶が置いてあって、山口たちが絡んできました。まだ生きてたのかよって。花瓶の水をかけられても、僕は何も言い返せずそのままじっとしてました…」
 「諦めようか!」
 「え?」
 「直接の反撃は諦めよう。これ以上気力をすり減らすのも馬鹿らしいし、さすがにいじめの度が過ぎてる。ちなみに先生はそのとき川村くんを見てどんな反応だった?」
 「川村来てたのかって…ただそれだけでした。」
 ミチロウさんはコーヒーカップをカウンターに叩きつけた。
 「…川村くん…ボクね、珍しく怒ってます…全員がハッピーになる方法を考えてたけど、もうだめだ。いじめっ子にも、そしてその教師にも処分を下そう。」
 「どうやってですか?」
 「ステージ④に突入します。僕も手伝う。川村くんのためにも、社会のためにも、やつらに反撃しよう。」
 コーヒーカップを持つミチロウさんの手が小さく震えていた。
 そして、もう片方の手でスマホを取り出し、誰かに電話をかけ始めた。

 ステージ③魔王の城クリア失敗
 ー家族マヌーサから抜け出した
 ー呪文「ザラリホー」を覚えた

 僕はぼうけんのしょにセーブした。

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『いじめRPG』第1章~第6章をまるっとおさらい!② 今後の展開も……?

 2019年1月27日から連載を開始した、作家・さこさんによる小説『いじめRPG』。現在第1~6章まで公開しており、「よし、一旦わかりやすくまとめよう!」ということで、おさらい記事を公開することにしました!
 昨日は1~3章のまとめ、本日は4~6章のまとめと、二日連続での公開です✨今週日曜公開〈第7章 ザラリホー〉の内容も少しだけお届けしちゃいます!

stud-io.hatenablog.com 忙しくてあんまり読む時間がないひとも、毎週楽しみに読んでくれているひとも、みんなに最後まで読んでほしい小説。今までのあらすじをここでぱっとおさらいして、毎週日曜18:30更新の「企む職員室。」にお集まりください~!!
 

〈第4章 おで好青年〉
 いじめRPG始まりのステージは、「最初の村」。初期装備と初期パーティを手に入れる必要があるが、川村少年には、最速かつ最低限の努力で良い方向に変えて、自信をつけられる要素が一つあった。それは、彼の弱みである、不気味な見た目。
 本当は強みを大きく伸ばして、自分だけの特技を持っているという自信を身に着けることに注力すべきなのだが、それには時間がかかる。そのため、簡単に変えられるところからスタートしようというのがミチロウさんの考えである。
 そのために登場した、猿タコスメンバー「オシャにいさん」(川村少年命名)。彼は3つの店舗を経営する美容師である。
 オシャにいさんのキラキラした見た目に卑屈になっていた川村少年だったが、オシャにいさんはかつて自分と同じような不気味少年でいじめられていたことを知る。そして、ミチロウさんに出会って人生が変わったことも知った。オシャにいさんの話から第一印象の大切さを理解した彼は、オシャにいさんに自分の見た目をすべてお任せする。
 カット中、2年ほど前に肺癌で死んだ父には、いつも散髪をしてもらっていたことを思い出した。自分を認めてくれる存在はいなくなり、一人で強く生きなければと思ったよなあ。そんなことを考えているうちに、オシャにいさんによる見た目改造作業は終了。川村少年は、自分でも好青年だと思えるような見た目に変化したのである。おでこの見える元気そうな「おで好青年」へと、レベルアップ。ミチロウさんも驚くほどの、おで好青年誕生の瞬間である。
 見た目を変えて、少しだけ猫背も直して。オシャにいさんから髪の毛のセットを学んで、ジャックパーセルのスニーカーももらって。
 少しの装備と、オシャにいさんというパーティのメンバーを手に入れた勇者川村のレベルは、現在「3」である。

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〈第5章 エアーリーディング〉
 ステージ2は、酒場。次のステージである魔王の城に行く前に、見た目以外の部分で自信をつける必要がある。
 オシャにいさんから教わった髪の毛のセットを実践し、翌日再び訪れた猿タコスにて、次に解決すべき課題が出された。空気の読み方がわからないこと・本にしか興味がないこと。このふたつのコミュニケーション問題を解決することである。
 解決方法は、まずは色々な世界を知り、空気を読む練習をすること。色々な大人が集まる夜の猿タコスが、その舞台として選ばれた。
 友達を作ろうと努力したが挫折。学校の先生から友達を作ることを強制されて嫌気がさし、自分の好きな本だけと生きていく選択をした中学時代。当時のことを思い出しながら、いろいろな人と話をするために、夜再び猿タコスに向かう。そこでは、またまた刺激的な出会いがたくさん待っていた。その一人が、川村少年と同じでいじめられた経験を持つ、芸人の宇野さんである。
 宇野さんがいじめられている状況から脱することができたのは、一度だけ勇気を出してチャレンジしたから。そこから意外な形で道が開けた彼の人生は、売れない芸人ながらも輝いている。
 猿タコスでの会話によって、自分が無意識に空気を読むことができていることを知ると同時に、自分がなぜ本にしか興味を持てなかったのか、持とうとしなかったのかを知った。新しいことに挑戦して、思うようにできない自分を馬鹿にされるのが怖くて、本の世界に逃げていた。狭い価値観に閉じこもって、楽をしていたのである。大きく価値の転換が起こり、世の中には本以外意にも面白いことがたくさんあるということも知った。
 他人との会話の中で学んだ、空気を読むということは、こんな感じ。
 ・誰がその場の支配者かを理解する
 ・その支配者が持って行きたい話の方向を理解する
 ・支配者が気持ちよく話せるように同調する
 ・ただし自分のこだわりがないものにだけ同調する
 ・こだわりのあるものに抵触するときはNOを言う
 コミュニケーション課題をクリアした勇者川村のレベルは、現在「5」である。

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〈第6章 作家プライド〉
 ステージ2の酒場でレベルを上げた川村少年に、新たな人物との出会いが訪れる。オシャにいさんの元彼女で、出版社で編集をしている「すけねえさん(川村少年命名)」である。今まで「見た目」・「コミュニケーション」このふたつの弱みを改善してきたが、自信レベルを上げるために最も効果的なのは、強みを伸ばすこと。川村少年の強みを伸ばすために、ミチロウさんが呼んでくれた人物だ。
 ミチロウさん理論によると、強みを伸ばすには4つのステップがある。
1、自分の好きなことを理解する。
2、それが強み・特技と呼べるかを他者と比較する。
3、強み・特技を生かせる機会を手に入れる。
4、とにかく経験を積む。
 このステップに沿って、川村少年が父に褒められるためにやっていた「本を書くこと」を強みとして伸ばしていこうというのである。
 小4半ばから中2まで、書いた長編小説は50作。継続の才能を評価され、翌日すけねえさんに今までの作品を見てもらうことになった。唯一の読者であった父を亡くし、途中でやめてしまった51冊目の小説。16時間夢中で書き続けて完成させ、宇野さんの「一度だけ勇気を出してみろ」という言葉を胸に、猿タコスへ向かった。
 編集者のすけねえさんからの評価は厳しかった。しかしそれはプロと比較しての評価であり、作家になれる可能性があるかもしれないということだった。そしてそれは、「やるか、やらないか」川村少年自身の決断に懸かっていると。決断できる人間にしかチャンスは回ってこないというミチロウさんの言葉を思い出し、「やらせてください。」そう自分から口にした。
 すると、すけねえさんからすぐに「雑誌のコラムを書く」という仕事をもらった川村少年。
 そのへんの高校生には「本を書く」という特技で負けないこと、意外と自分ってすごいんじゃないかということ。少年は、2つの自信を身に着けた。強みを伸ばすステップのうち、「4、とにかく経験を積む」ここにいる少年が次にやるべきことは、とにかく書きまくることだ。
 大きく成長し自信をつけた少年のレベルは、現在「10」。すけねえさんをパーティに加え、「作家プライド」を装備した少年の明日は明るい。

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ちょこっとのぞき見!〈第7章 ザラリホー
 ステージ3、魔王の城に歩みを進めた川村少年。いじめのコラムを書くことになったが、長編小説を書き続けてきた川村少年にとっては、自分自身のいじめ経験を1000字にまとめるといういつもと違う作業で、たくさん書いて、読んで、直してを繰り返す必要があった。夢中に取り組んで書き上げ、泥のように眠る少年。
 目が覚めて、母に「作家になるかも」と打ち明ける。いじめられている事実も話さず、今まで何も伝えてこなかった母に、自分が変わり始めたことを初めて自分の口から伝えたのである。
 ここまで自信をつけた、変わったと自分でも認識している状態であれば、あとはいじめに、戦略的に、ぶつかるのみ!
 勇者川村は、いじめを攻略できるのか!?今後の展開をお楽しみに~!!
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『いじめRPG』第1章~第6章をまるっとおさらい!① 今後の展開も……?

 2019年1月27日から始まった、『いじめRPG』の連載。
 先週日曜日には、第6章「作家プライド」まで公開しました。
 主人公の少年の生き方から、大人も子どもも、自分の人生を改めて考え直す機会をくれるような、そんな素敵な作品。でも、途中で知ったから最初から読めてない……最初から読むにはちょっと長くて……そんなふうにお思いの方もいらっしゃるのではないでしょうか?
 そんなのもったいない~!(と中の人は感じております)
 ここで今までのストーリーをざざっとおさらいして、今週日曜更新予定の第7章を少しだけ、お話ししちゃおうと思います!今回の①の記事では、第1~3章までのまとめをお届けします✨

〈第1章 僕みたいな者〉
 いじめられっ子の川村俊樹少年、16才。
 上履きがなくなることは当たり前、教室では常に一人で、金銭を要求されることもしばしば。先生もいじめを見て見ぬふりをして、誰とも話すことのない日々。
 川村少年は小さいころから貧弱で体が弱く、本ばかり読んでいた。本好きの父の影響で一緒に古本屋に行き、本を買い、父の行きつけの喫茶店で「いつもの」コーヒーを飲みながら、それぞれ本の世界へ入り込む。そんな日常が好きだった川村少年だったが、ある日、大切にしていた本をいじめっ子にボロボロにされてしまった。心もボロボロになって、「今日死のう」と考えながらふらふらと道を歩いていると、ある人物に出会う。“猿タコス”という喫茶店のマスター、ミチロウさん。どこか懐かしい味、思い出の「いつもの」味のようなコーヒーを飲みながら、5分間、ふたりだけで会話をした。
 ミチロウさんに「川村くん、面白いね」と言われ、戸惑いつつミチロウさんの存在に興味をもつ川村少年。この出会いが、彼の人生を大きく変えることになります。

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〈第2章 ぼうけんのしょ
 ミチロウさんに出会った翌日、彼は再び“猿タコス”を訪れる。昨日初めてきた喫茶店だが、「いつもの」コーヒーを飲ませてくれた。
 ミチロウさんの人生のコンセプトである「楽しく、気持ちよく、適当に」の話を聞いて涙する川村少年。今まで溜め込んでいた、自分に対する劣等感やいじめの出来事、死のうと思ったことをすべて打ち明け、ミチロウさんに助けを求めた。そこで、いじめられなくなるにはいじめっ子を懲らしめるのではなく、自分自身が変わらなければならないことを知った。いじめという事象をその場しのぎで解決しても意味がない。自分に自信を持った状態になることが彼のゴールになった。
 以前父が言っていた、「友だちの定義」の話を思い出す少年。「どんな状態でも見捨てず、自分を肯定し続けてくれる存在」。そんな存在としてミチロウさんを信じ、「明日」に進むことにした。一冊の「ぼうけんのしょ」というノートとともに、戦わなければならないと思った。

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〈第3章 ゲームスタート〉
 ミチロウさんからもらったぼうけんのしょに、「いじめを倒し、川村くんが自信を持っている状態」というゴールにたどり着くための現状分析を書き込んだ川村少年。自分の強みと弱み、いじめの内容などを細かく、できるだけ具体的に書き込んである。
 ぼうけんのしょを手に、翌朝再びミチロウさんを訪ねた。ノートを見せたらミチロウさんに引かれないだろうか、という不安に駆られながらも、勇気を出して「読んでください」とお願いした少年。ミチロウさんに相談したこのときから、川村少年が主人公の「いじめRPG」が始まった。やっとスタート地点に立ったということらしい。
 ミチロウさんのいじめに関する考え方は、こんな感じ。
・いじめは一人で抱え込むことで、事態は悪化する
・学外の人間(親がベスト)を巻き込んだ時点で、いじめ解決がスタートする。
・どういうアクションをとってほしいかを伝える。熱くならず、冷静に対処してもらうことを約束する
・教師にはいじめの相談ではなく、いじめの事実を報告し、適切なアクションをとってもらう
 いじめマヌーサ(ひたすらいじめを我慢していれば、そのうちよくなるんじゃないかという思い込み)と、家族マヌーサ(迷惑をかけたくない、心配されるのが嫌だという理由で、親にいじめを相談せず事を荒立てないようにしている状態)にかかっている少年は、いじめRPGをクリアするためのストーリーとルールを詳しく聞いて、すべてぼうけんのしょにセーブした。「僕はこれからどうなっていくのだろう」と、若干ワクワクし始めている。

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『いじめRPG』第6章 作家プライド 左子光晴

作家プライド

・ステージ②酒場:自信レベルを上げる
→弱みを克服しつつ、強みを生かす方法を見つけ、どんどん強みを伸ばしていく

 「あたしも話したいんだけど。」
 人と極力関わりを持たない生活をしてきたせいで、僕がまともに話せる女子は母さんだけだ。母さんを女子と呼べないのであれば、僕は人生において女子とまともに会話した記憶がない。少なくとも高校に入ってからは一度もなかった。
 オシャにいさんの隣に座るその女性は、なんていうか、とにかくきれいだった。栗色の髪の毛は鎖骨あたりまで伸びていて、ゆるやかに波打っていた。はっきりとした目元にきれいな鼻筋。唇には真っ赤な口紅が塗られていて、胸のざっくり開いた青のストライプシャツを着ていた。膝丈の黒スカートに薄手のストッキングという出で立ちは、完全に一軍のそれで、女子免疫のない僕にはまったく卑猥に映った。
 「あ、紹介するね。こいつはオレの大学のときの彼女で…」
 「そんな紹介しなくていいでしょ!」
 「そんな怒んなくてもいいだろ!」
 「わざわざ初対面の高校生にそんな紹介しなくてもいいじゃん!」
 「酔い過ぎだって。」
 「はぁ?全然酔ってないから!」
 「あーはいはいわかった。ごめんごめん。」
 「そういうオレ悪くないけど、大人だから謝りますよてきな態度が昔から気に食わないのよ。」
 「お前も昔の話引っ張り出さなくていいだろ!」
 「お前って呼ばないで。」
 高校時代デブワカメ(と呼ばれてもおかしくない容姿)だった、元いじめられっ子のオシャにいさんがこんなきれいな人と付き合っていたなんて…夢があるとかそういう話なのか?いや、違う。僕が女性と付き合うなんて…ましてやこんなきれいな女性と…無理だ。
 
 「あ、まぁとにかく腐れ縁で仲良くしてる女友達。今は出版社で編集の仕事してるんだ。名前が…あ!川村くん何かあだ名つけてあげてよ!」
 「あだ名?なにそれ?」
 「オレさ、昨日川村くんにオシャにいさんってあだ名つけられてさ!」
 「なにそれ、ダサすぎでしょ!」
嫌な流れだ。俗に言う無茶振りというやつか?あぁいやだ…恥をかきたくない…やめろ、やめろ…やめてくれ…
 「絶対怒んないから、ずばり第一印象であだ名つけちゃって!どうぞ!」
 「え、あの…えっと…じゃあ…すけねえさん…ですかね…」
 「どういう意味?」
 「いや、なんか雰囲気が、すけべえだなって…」
 「ちょっとなによそのあだ名!」
 ミチロウさんも宇野さんもみんな笑ってくれた。だってすけべえなんだから仕方ないじゃないか。すけねえさんは、あだ名変えろ!と僕に猛抗議しながら、いいペースでお酒を飲み干していく。女子って…怖い。

 「で?おい、失礼な童貞高校生こと川村よ。あんたは特技とかあんの?」
 「な、なんですか急に?」
 「あたし今日ミチロウさんに呼ばれて来てんの!川村っていう面白い子がいるから会ってくれって。」
 「ミチロウさんそうなんですか?」
 当の本人は涼しい顔をしながらタバコの火を消した。
 「ステージ②の酒場では、とにかく自信レベルを上げるって言ったよね?」
 「はい、聞きました。」
 「今までは自信をつけやすいところから手をつけていってたんだけど、いよいよ一番レベルの上がる強みを伸ばそうと思ってね。それで呼んだのが、このすけねえさんというわけです。」
 「だ・か・ら!」
 「まぁまぁ。とにかく、強みを伸ばすには4つのステップがある。」
 「4つですか?」
 「1.自分の好きなことを理解する。2.それが強み・特技と呼べるかを他者と比較する。3.強み・特技を生かせる機会を手に入れる。4.とにかく経験を積む。強み・特技というのはまわりと比較して勝っているかどうかだからね。それがわかればあとはできる環境を探して、とにかく実践あるのみ。」
 「なるほど。」
 「ざっくり言うと、野球が好きな子は、まわりと比較して自分がうまいことを知り、あとはチームにでも入ってとにかく野球をする。そうして強みを伸ばしていくんだ。」
 「僕の強みか…で、すけねえさんとどう関係してくるんですか?」
 「川村くんはもう本は書いてないの?」
 「今はもう…ていうかなんで本を書いてたこと知ってるんですか?」
 「いや、本が好きだって言ってたから、書いたりしてるのかなって。」
 「あぁ…いや…あの、もうずいぶん書いてないですね…」

 

 運動能力が人並み以下の僕は、ドッジボールや野球に誘われることが無かった。本ばかりを読んでいた僕は、父さんに書くことを薦められてから、飽きもせず毎日毎日ひたすらに書き続けた。初めは星新一を真似てSFのショートショートばかりを書いていたが、次第に短編では物足りなくなってノート一冊にびっちり書き込む長編を書き始めた。いろんな作家を真似た。書き方とかはよくわからないが、過去に呼んだ膨大な本が教科書だった。

 休み時間も授業中もお構いなしでずっと書き続ける。面白いようにペンが進む。なぜ父さんが苦労したのかわからない。本を書くことは僕にとって呼吸するかのようだった。
 ある日、授業中に書いていたところ先生に見つかってノートを取り上げられた。僕はどうして怒られているのか理解できず、仕方なくプリントの裏に書き始めたところ、先生はもう何も言わなかった。
 次の日になるとノートが返ってきた。どうやら職員室での反応が上々だったようで、小説家になったら先生が主役の物語を書いてくれよ、と言われた。僕はうんともすんとも言わず、この人は何がしたいんだ、と首をかしげた。

 5年生の時には市の作文コンクールがあって、僕は特別賞に選ばれた。「わたしの夢」というテーマだったが僕には夢なんて微塵もなかったので、「ブラックコーヒーが飲める日」という作文を書いた。父さんになるためには何を身に付けないといけないか、を書き綴った覚えがある。
 それからちょっとした川村バブルがあった。僕のことを敬遠していたクラスのメインどころが、サイン頂戴と言ってきたり、僕の机を囲んでノートを読もうと集まってきた。今考えれば仲良くなるチャンスだったのに、僕はうまく話すことができず、ただただ来る者拒まず、そして絡まずを貫いていた。

 

 メインどころが動くとみんな動きはじめ、休み時間になるとブラックホールのように僕の机にクラス全員が吸い寄せられた。もちろんサインなんて用意していなかったので、僕は全員のノートに川村俊樹と書き、どれが誰のノートかわからなくて先生が困るという事件もあった。
 しかしそんなバブルも、小説の漢字が読めないという致命的な問題が発覚し、ほどなくして終焉を迎えた。別に読まれなくてもいいと思っていた僕は簡単な漢字で
書くことを良しとしなかった。僕の読者は一人でよかった。

 本を書き上げるたびに僕は父さんに見せた。初めは、面白いな、としか言われなかったが、次第に、ここの描写はこの方が良いんじゃないか、と言われるようになった。息子が書く本ではなく、一人の作家として見てくれている。編集者と作家のような関係性にドキドキした。

 父さんはことあるごとに「なにか賞に応募でもしてみるか。小学生作家。面白いじゃないか。」と言ってくれた。僕は賞なんてどうでもよくて、父さんが喜んでくれることだけが嬉しかった。そのために僕は毎日毎日書き続けた。このままずっと書き続ければ、ほんとに作家になってしまうんじゃないかと思っていた。
 今思えば父さんは本を通して、僕が社会と接点を持てるように考えてくれていたんだと思う。本に出てきた嫌なキャラや不条理な大人よりも、現実の人間はもっと嫌なやつでもっと不条理なやつだってことを。当時の僕には、父さんの好意も、父さんが言わんとしていたこともまったく理解できなかった。

 ある日父さんは僕にこう話した。
 「文章うまくなったな。すごいよ。これなら普通に本屋に並んでもおかしくないレベルだ。」
 「ほんと?」
 「あぁほんとさ。父さんも俊樹に負けないくらい本を読んできたんだ。嘘は言わないよ。」
 「なんかもっとアドバイスないの?ほら、複線の張り方がどうとか、この言い回しのほうがいいとか。」
 「うーん…じゃあまぁ強いて言うなら、俊樹の言葉で書けるようになるといいな。」
 「どういうこと?」
 「俊樹はたくさん本を読んでるから、作家や作品を真似てたくさん物語をつくることができる。だけど俊樹が描く作品に出てくるような出来事や人間を俊樹は知らない。」
 「リアリティがないってこと?」
 「うーん。何が言いたいかっていうと、いろんな経験をしたりいろんな人間と関わってほしいなってこと。」
 「本を読めばすべて書いてんじゃん!経験しなくても理解できるし、こういう人間がいるんだってことも知ってる。」
 「たしかにそうかもしれない。だけど、開高健を何十冊読んでも俊樹はウイスキーの味をわからない。中島らもを何十冊読んでも大麻を吸うとどうなるかは理解できない…いや、今の例が適切でないことは認める。すまん。」
 「なんで既にわかっていることをわざわざ経験しなきゃいけないの?よくわかんないよ。」
 「息子を前にして論破されようとしてる…すまん。父さんの語彙と作家としての実績ではお前に敵わないからうまく言えないんだが…今わからなくてもいい。でもいつかわかってほしい。俊樹が知ってることは、知ってると思っているだけで、世の中で実際に起こっていることはきっと違うんだ。だからいろんなことを経験してほしいな。」

 数年経って僕は本で描かれているようないじめを経験する。紙の中のいじめは、痛くも無くて、心もくさくさしなくて、それはあくまで、なんでもない紙上の文字だった。だけど現実のいじめは、殴られると血が出た。数日経つと青くなったり黄色くなった。何をするにも身体がだるくて、日々気力を吸い取られていく。これが本当の世界だったんだ。

 父さんが死んで、唯一の読者がいなくなった僕は本を書かなくなった。読まれない本なんてなんの意味も無い。僕は書きかけのノートを、引き出しの奥に封印した。

 

 「川村くん大丈夫?」
 「え?あ、はい。大丈夫です。」
 「もう一度書いてみない?」
 「え…?いや、無理ですよ!ほんとずっと書いてないですし、文学として成立してないんで…」
 「誰がそれを決めたの?」
 「いや、それは…自分ですけど…」
 「面白いか面白くないかの評価は読み手が決めることだよ。ちなみに何作くらい書いてたの?」
 「長編だと50作くらいは書きました。最後のは途中で止まってますけど…」
 
 すけねえさんは、またグラスをダンッとカウンターに叩きつけた。
 「長編50?いくつの時よ?」
 「たしか、小4の途中くらいから中2の始めくらいまでですね…」
 「てことは1ヶ月に1作ペースってことか…あんたすごいじゃない!」
 「いや、ほんと大した作品じゃないんで…」
 「いい?才能って言うのはね、継続できる力のことなのよ。書く気力を持続させてつくり続けるというのはものすごい才能なのよ。あんたわかってる?」
 「いえ…単純に父さんが喜んでくれるのが嬉しくて、何も考えずただひたすらに書いてました…」
 「…明日時間ある?」
 「え?」
 「明日またここに来るから、作品全部持ってきなさい。」
 「いや、そんな見せるほどのものじゃないんでほんと…」
 「いいから!!」
 そう言ってすけねえさんは有名出版社の名刺をぱんとカウンターに叩きつけた。
 「何かあったら連絡しなさい。じゃあ明日夕方17時にここで。」
 そう言い残し、すけねえさんはコツコツとヒールを鳴らして店から出て行った。
 
 「気に入られちゃったみたいだねー。」
 「ミチロウさん!ちょっと人ごとみたいに言わないでくださいよ!」
 「とりあえず作品見せてみたらいいじゃん。こんな機会滅多に無いよ?うまくいけばオッケーくらいに思ってさ!」
 「うーん…でも、なんか…」
 「怖い?」
 「…なんていうか、この程度だって思われるのが嫌と言うか…」
 「たくさん本を読んできたことが川村くんを川村くんたらしめていた。その培ったものが作品に投影されている。つまり作品を否定されることは、自分の人生を否定されることと同義じゃないかと?」
 「そうかもしれないです…」
 「ちなみにだけど、どんな作品を書いてたの?」
 「ジャンルはばらばらです。とにかく父さんが面白いと思うだろうなーってことだけを書いてました。父さんが読んできた本や、父さんから聞いた話を基に、父さんのツボを意識することだけを考えてました。」
 「それ読ませて!絶対読ませて!」
 「いやー、でもな…」
 「とにかく明日17時ね!もう夜も遅いし今日は帰りな。はいはい!」
 「わかりました…あの、今日もありがとうございました。あと、宇野さんもありがとうございました。」
 「川村。一回だけ勇気出してみ!なんかが起こるから!」
 「…はい。」
 「せや、サインいるか?」
 「いえ、結構です。」
 「欲っしろ!なんならお前から頼め!」
 あははと笑って僕は店を後にした。


 こんなに遅くの電車に乗るのは初めてだ。
 朝は憂鬱そうなサラリーマンが、夜にはお酒臭くなって楽しそうにしている。
 こんな時間から化粧をしてどこかに出かけようとする若い女性がいる。
 駅員でもないのに、ぶつぶつと電車の発着をアナウンスする人がいる。
 世の中ではいろんなことが起きてるんだ。僕にはまだまだ知らないことが山ほどあるんだ。
 見るものすべてが面白そうだった。本にはない、体温が、世界にはあった。

 
 家に到着する頃には23時をまわっていた。母さんが心配そうに、どこ行ってたの?と聞いてきたので、僕は少し考えて、友達のところ、と答えた。
 「遅くなるなら連絡しなさい!心配するでしょー。」
 「ご、ごめん…」
 「わかればよろしい。で、友達のところは楽しかった?」
 「うん!」
 「よかったわね!」
 「…あのさ、明日出版社の人に本を見せることになった。」
 「ほんと?すごいじゃない!」
 「いや、どうなるかはわからないんだけどさ…」
 「挑戦してみなよ。結果なんてどうだっていいんだから。」
 「そうだね。きっとうまくいかないだろうけど。」
 「まぁそうでしょうね。」
 「なにさ?」
 「そんな初めからうまくいくほど世の中甘くないのよ。」
 「厳しいなぁ…」
 「でも母さんは応援するわ。」
 「どうして?」
 「親ってそういうものよ?まわりが俊樹を受け入れなかったとしても、親はわが子を味方するの。」
 「…なんかさ、ごめんね母さん。」
 「何が?」
 「…話さなきゃいけないことがあるんだけど、でもまだ話せないんだ…もう少し、もう少ししたら絶対話すから。だからあとちょっと待ってほしい。」
 「…今楽しい?」
 「うーん…うん。なんか今週はほんといろいろあって、だけど今ワクワクしてるんだ。何かが大きく変わりそうな気がしてるんだ。」

「そっか。俊樹が楽しいならそれでいい。気長に待つわ。じゃあ母さん先に寝るね。おやすみ。」
 母さんはそう言って寝室に消えていった。

 僕は部屋に戻ると、引き出しの奥からすべてのノートを取り出した。
 父さんと過ごした時間だけ積み重なったノート。そして父さんがいなくなった年数だけ積み重なった埃。一冊ずつ埃を丁寧に拭き取る。
 51と書かれたノートを開くと、終盤に差し掛かったところで文章は終わっている。
 僕はペンを握った。

 

 9月15日 土曜日
 時計を見てはっとした。16時。
 あれから僕は一睡もせず、トイレすら行かずにひたすら書き続けた。空白の時間がどんどんと埋められていく。ペースを掴むまでに時間はかかったが、徐々に調子が上がってきてラストまで一気に書き上げた。父さんのために書き上げる最後の作品。
 ふぅと一息つき、僕は支度を済ませて家を出た。すべてのノートをカバンに詰めて。猿タコスには17時前に到着した。


 ミチロウさんは僕の顔を見てぎょっとしたようで、窓に映る自分を見ると目に“くま”ができていた。これでも食べて待ってなよ、と言って、ミチロウさんは「ガンボ」という料理をを出してくれた。
 ニューオリンズの家庭料理らしく、ボ・ガンボスというバンドの由来だということを教えてもらった。僕はCDないんですか?と尋ね、「夢の中へ」という曲をかけてもらった。

 寂しいよって、泣いてても、何も元にはもう、戻らない。欲しいものはいつでも、遠い雲の上

 もう過去は戻ってこない。前に踏み出すんだ。一度だけ勇気を出して。
 ガンボを食べ終える頃に、少し遅れてすけねえさんがやって来た。
 「ごめんね、ちょっと会社寄ってたら遅くなった。」
 「あ、いえ、全然大丈夫です。」
 「じゃあ早速だけど見せてもらっていい?」
 僕はカバンからノートをすべて取り出した。見定められる。緊張するなー。
 すけねえさんは特に何も言わず、ナンバリング通りにたんたんとノートを手にした。

 CDはいつの間にか終わり、ミチロウさんがタバコを吐き出す息の音と、すけねえさんがページをめくる音だけが静かに響いていた。
 僕はその間猿タコスの店内を見てまわった。読んだことのない本。見たことのない漫画。聞いたことのないCD。棚には所狭しと宝の山が敷き詰められていた。全部経験してみたい。すべてを自分に取り込みたい。僕は手にとっては棚に戻す、という行為を繰り返した。

 とんとんとノートをまとめる音がした。時計を見ると19時をまわっていた。
 「ざっと読ませてもらったわ。」
 「あ、はい…」こんな短時間ですべてに目を通したのか。さすが大手出版社。
 「かなり本読んでるわね。作品によって全然テイストが違う。」
 「ありがとうございます…」
 「で?感想聞かないの?」
 「なんか読んでもらえただけでも、僕にとっては行動したなと思えて…」
 「そう。じゃあ一方的に言わせてもらうけど、まだまだ出版できるレベルではないわね。」
 う、うぐ…わかってはいたけど、堪える…
 「だけど…」
 「だけど?」
 「悪くはない。特にこの51はよかった。物語の構成とか間延びする部分はまだまだだけど、主人公の心理描写はうまいなと思った。」
 「あ、はい…」
 「喜ばないの?」
 「だってまだまだなんですよね?」
 「あなたまだ高校生でしょ?あたしはプロの作家と比較した感想を言ってるの。作家でもない高校生と比べても意味無いでしょ。」
 「…え?」
 「あ、あとあなたパソコンで書きなさい。データ起こしが必要な若手作家なんて聞いたことないわ。」
 「あ、あの…え、僕作家になれるんですか?」
 「なれるとは言ってない。だけど限りなく可能性がある。あたしが担当としてつくから、まずはプロットを書いてあたしに見せること。これは手書きでいいからね。で、一本書き上げて出来が良かったら直接上に見せてもいいし、賞に出してもいいし、それは書き上げてから決めよう。どう?」
 「どうって…いやなんて言うか…」
 「やるの?やらないの?」
 「ちょっとかんが…」

 ミチロウさんに言われたことを思い出した。
 何を考えるかもわからずとりあえず考えるの?判断材料はいつそろうの?100%にならないと判断できないかい?そうこうしているうちにチャンスを失うんだよ。勝負できる人間っていうのは、言い換えれば決断できる人間だ。

 「…やります。やらせてください!」
 「あ、そう。あんたどうせパソコン持ってないでしょ?あたしが前使ってたのをさっき会社で取って来たからそれ使って。」
 「ありがとうございます…」
 「パソコン使ったことは?」
 「授業で少しは…」
 「じゃあ練習がてら雑誌のコラムでも書いてみるか。雑誌のコラムの空枠が無いか手当たり次第別部署に聞いて回るわ。何か書きたいことある?」
 「いや、あの、別に…」
 「たぶん週刊誌なら可能性あるから…じゃあ、現役ばりばりのいじめられっ子によるいじめ解決までの道のりでいこう。ターゲットはいじめられっ子を持つ親。いじめられっ子はこんなことを考え、こんな風に生きてるから、親にはこういう対応をしてほしいってメッセージね。あんたの言葉で、あんたの経験を基にありのまま書けばいいから。1000字で、締め切りは月曜の17時。昨日渡した名刺にアドレス書いてあるからそこにデータで送って。以上。質問は?」
 「な、ないです…」
 「ならよし。じゃああたし次行かなきゃいけないから、何かあったら連絡すること。あ、いちおあんたの連絡先教えて。」
 宇野さんも宇野さんで怒涛の勢いでしゃべる人だったが、すけねえさんはその比じゃなかった。
 僕はスマホを取り出し、三件目の連絡先として「すけねえさん」を登録した。
 「締め切り守れよー。」
 そう言ってパソコンと充電器を置き、すけねえさんはコツコツとヒールを鳴らして店から出て行った。

 「完全に気に入られたねー。」
 「ですかね?」
 「作家目指してる人なんて、日本に山ほどいるんだよ。その中で作品を書き上げられる人がほんの一握り。編集者に見てもらえるのがさらに一握り。担当がつく人、作品が売れる人は、もう恐ろしいほどに少ない。ぐっといろんなステージを飛び越えちゃったって感じだね。」
 「なんか、なんかもうよくわかんないです。」
 「少しは自信ついたんじゃない?」
 「はい…いや、まだ本を出せるとかそんなことはわからないんですけど、父さん以外の人に自分の特技を見てもらって、それを評価してもらって、しかもチャンスまでもらえて。僕って意外とすごいんじゃないかって今思ってます。」
 「いいねいいねー。それでいいんだよ!不確かでもいい。勘違いでもいい。自分はできるんじゃないか、すごいんじゃないかって思えることが大切なんだ。もうずいぶんと自信ついたみたいだね。」
 「いや、これからです。強みを伸ばしたいんです。本を書くことについては、僕はそのへんの高校生には負けないことがわかりました。それに、強みを発揮する場も手に入れました。あとは経験をとにかく積むことです。書いて書いて、書きまくる。ただそれだけです。」

 ミチロウさんはにこっと笑った。
 「じゃあ、あれいっとく?」
 「…はい、お願いします!」
 パパパーンパンパッパーン。
 「勇者川村は、レベルが10になった。装備「作家プライド」を手に入れた。」
 相も変わらず…ふふ。なんだか笑える。今、すごく楽しい。

 「じゃあそろそろ次のステージに行こうか。」
 「はい!今だったら、戦えそうな気がします!でも…」
 「でも?」
 「今日はコラムを書きたいんで、明日来てもいいですか?この熱があるうちに書きたいんです。」
 「川村くん変わったね。すごいよほんと。うちに来てまだ一週間も経ってないのに。」
 「自分でも信じられないです。今までいじめを我慢してたのが嘘みたいで…一度だけ勇気をもって飛び込んだら、すべてがいい方向に動き出すんですね。」
 「ちなみに、愚問覚悟でいちお聞いておくね。これだけ自信を持てたらもういじめとか立ち向かわなくてもいいんじゃないかとも思うんだけど、どうする?」
 「愚問ですね。僕は戦います!だからあと少しだけ、サポートお願いします!」
 「もちろんです!」
 「じゃあ今日はこれで。」
 「あ、そのノートちょっと読ませてもらってもいい?ボクも読んでみたい!」
 「え、あぁいいですよ。じゃあ置いていきますね。」
 僕はノートをミチロウさんに渡し、明日も17時に来ると約束して店を出た。
 こんな街中なのに、今夜は星がきれいに光っていた。

 

 ステージ②酒場クリア
 ー自信レベルが10になった
 ーすけねえさんがパーティに加わった
 ー装備「作家プライド」を手に入れた
 ー装備「パソコン」を手に入れた
 
 僕はぼうけんのしょにセーブした。

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