作家プライド
・ステージ②酒場:自信レベルを上げる
→弱みを克服しつつ、強みを生かす方法を見つけ、どんどん強みを伸ばしていく
「あたしも話したいんだけど。」
人と極力関わりを持たない生活をしてきたせいで、僕がまともに話せる女子は母さんだけだ。母さんを女子と呼べないのであれば、僕は人生において女子とまともに会話した記憶がない。少なくとも高校に入ってからは一度もなかった。
オシャにいさんの隣に座るその女性は、なんていうか、とにかくきれいだった。栗色の髪の毛は鎖骨あたりまで伸びていて、ゆるやかに波打っていた。はっきりとした目元にきれいな鼻筋。唇には真っ赤な口紅が塗られていて、胸のざっくり開いた青のストライプシャツを着ていた。膝丈の黒スカートに薄手のストッキングという出で立ちは、完全に一軍のそれで、女子免疫のない僕にはまったく卑猥に映った。
「あ、紹介するね。こいつはオレの大学のときの彼女で…」
「そんな紹介しなくていいでしょ!」
「そんな怒んなくてもいいだろ!」
「わざわざ初対面の高校生にそんな紹介しなくてもいいじゃん!」
「酔い過ぎだって。」
「はぁ?全然酔ってないから!」
「あーはいはいわかった。ごめんごめん。」
「そういうオレ悪くないけど、大人だから謝りますよてきな態度が昔から気に食わないのよ。」
「お前も昔の話引っ張り出さなくていいだろ!」
「お前って呼ばないで。」
高校時代デブワカメ(と呼ばれてもおかしくない容姿)だった、元いじめられっ子のオシャにいさんがこんなきれいな人と付き合っていたなんて…夢があるとかそういう話なのか?いや、違う。僕が女性と付き合うなんて…ましてやこんなきれいな女性と…無理だ。
「あ、まぁとにかく腐れ縁で仲良くしてる女友達。今は出版社で編集の仕事してるんだ。名前が…あ!川村くん何かあだ名つけてあげてよ!」
「あだ名?なにそれ?」
「オレさ、昨日川村くんにオシャにいさんってあだ名つけられてさ!」
「なにそれ、ダサすぎでしょ!」
嫌な流れだ。俗に言う無茶振りというやつか?あぁいやだ…恥をかきたくない…やめろ、やめろ…やめてくれ…
「絶対怒んないから、ずばり第一印象であだ名つけちゃって!どうぞ!」
「え、あの…えっと…じゃあ…すけねえさん…ですかね…」
「どういう意味?」
「いや、なんか雰囲気が、すけべえだなって…」
「ちょっとなによそのあだ名!」
ミチロウさんも宇野さんもみんな笑ってくれた。だってすけべえなんだから仕方ないじゃないか。すけねえさんは、あだ名変えろ!と僕に猛抗議しながら、いいペースでお酒を飲み干していく。女子って…怖い。
「で?おい、失礼な童貞高校生こと川村よ。あんたは特技とかあんの?」
「な、なんですか急に?」
「あたし今日ミチロウさんに呼ばれて来てんの!川村っていう面白い子がいるから会ってくれって。」
「ミチロウさんそうなんですか?」
当の本人は涼しい顔をしながらタバコの火を消した。
「ステージ②の酒場では、とにかく自信レベルを上げるって言ったよね?」
「はい、聞きました。」
「今までは自信をつけやすいところから手をつけていってたんだけど、いよいよ一番レベルの上がる強みを伸ばそうと思ってね。それで呼んだのが、このすけねえさんというわけです。」
「だ・か・ら!」
「まぁまぁ。とにかく、強みを伸ばすには4つのステップがある。」
「4つですか?」
「1.自分の好きなことを理解する。2.それが強み・特技と呼べるかを他者と比較する。3.強み・特技を生かせる機会を手に入れる。4.とにかく経験を積む。強み・特技というのはまわりと比較して勝っているかどうかだからね。それがわかればあとはできる環境を探して、とにかく実践あるのみ。」
「なるほど。」
「ざっくり言うと、野球が好きな子は、まわりと比較して自分がうまいことを知り、あとはチームにでも入ってとにかく野球をする。そうして強みを伸ばしていくんだ。」
「僕の強みか…で、すけねえさんとどう関係してくるんですか?」
「川村くんはもう本は書いてないの?」
「今はもう…ていうかなんで本を書いてたこと知ってるんですか?」
「いや、本が好きだって言ってたから、書いたりしてるのかなって。」
「あぁ…いや…あの、もうずいぶん書いてないですね…」
運動能力が人並み以下の僕は、ドッジボールや野球に誘われることが無かった。本ばかりを読んでいた僕は、父さんに書くことを薦められてから、飽きもせず毎日毎日ひたすらに書き続けた。初めは星新一を真似てSFのショートショートばかりを書いていたが、次第に短編では物足りなくなってノート一冊にびっちり書き込む長編を書き始めた。いろんな作家を真似た。書き方とかはよくわからないが、過去に呼んだ膨大な本が教科書だった。
休み時間も授業中もお構いなしでずっと書き続ける。面白いようにペンが進む。なぜ父さんが苦労したのかわからない。本を書くことは僕にとって呼吸するかのようだった。
ある日、授業中に書いていたところ先生に見つかってノートを取り上げられた。僕はどうして怒られているのか理解できず、仕方なくプリントの裏に書き始めたところ、先生はもう何も言わなかった。
次の日になるとノートが返ってきた。どうやら職員室での反応が上々だったようで、小説家になったら先生が主役の物語を書いてくれよ、と言われた。僕はうんともすんとも言わず、この人は何がしたいんだ、と首をかしげた。
5年生の時には市の作文コンクールがあって、僕は特別賞に選ばれた。「わたしの夢」というテーマだったが僕には夢なんて微塵もなかったので、「ブラックコーヒーが飲める日」という作文を書いた。父さんになるためには何を身に付けないといけないか、を書き綴った覚えがある。
それからちょっとした川村バブルがあった。僕のことを敬遠していたクラスのメインどころが、サイン頂戴と言ってきたり、僕の机を囲んでノートを読もうと集まってきた。今考えれば仲良くなるチャンスだったのに、僕はうまく話すことができず、ただただ来る者拒まず、そして絡まずを貫いていた。
メインどころが動くとみんな動きはじめ、休み時間になるとブラックホールのように僕の机にクラス全員が吸い寄せられた。もちろんサインなんて用意していなかったので、僕は全員のノートに川村俊樹と書き、どれが誰のノートかわからなくて先生が困るという事件もあった。
しかしそんなバブルも、小説の漢字が読めないという致命的な問題が発覚し、ほどなくして終焉を迎えた。別に読まれなくてもいいと思っていた僕は簡単な漢字で
書くことを良しとしなかった。僕の読者は一人でよかった。
本を書き上げるたびに僕は父さんに見せた。初めは、面白いな、としか言われなかったが、次第に、ここの描写はこの方が良いんじゃないか、と言われるようになった。息子が書く本ではなく、一人の作家として見てくれている。編集者と作家のような関係性にドキドキした。
父さんはことあるごとに「なにか賞に応募でもしてみるか。小学生作家。面白いじゃないか。」と言ってくれた。僕は賞なんてどうでもよくて、父さんが喜んでくれることだけが嬉しかった。そのために僕は毎日毎日書き続けた。このままずっと書き続ければ、ほんとに作家になってしまうんじゃないかと思っていた。
今思えば父さんは本を通して、僕が社会と接点を持てるように考えてくれていたんだと思う。本に出てきた嫌なキャラや不条理な大人よりも、現実の人間はもっと嫌なやつでもっと不条理なやつだってことを。当時の僕には、父さんの好意も、父さんが言わんとしていたこともまったく理解できなかった。
ある日父さんは僕にこう話した。
「文章うまくなったな。すごいよ。これなら普通に本屋に並んでもおかしくないレベルだ。」
「ほんと?」
「あぁほんとさ。父さんも俊樹に負けないくらい本を読んできたんだ。嘘は言わないよ。」
「なんかもっとアドバイスないの?ほら、複線の張り方がどうとか、この言い回しのほうがいいとか。」
「うーん…じゃあまぁ強いて言うなら、俊樹の言葉で書けるようになるといいな。」
「どういうこと?」
「俊樹はたくさん本を読んでるから、作家や作品を真似てたくさん物語をつくることができる。だけど俊樹が描く作品に出てくるような出来事や人間を俊樹は知らない。」
「リアリティがないってこと?」
「うーん。何が言いたいかっていうと、いろんな経験をしたりいろんな人間と関わってほしいなってこと。」
「本を読めばすべて書いてんじゃん!経験しなくても理解できるし、こういう人間がいるんだってことも知ってる。」
「たしかにそうかもしれない。だけど、開高健を何十冊読んでも俊樹はウイスキーの味をわからない。中島らもを何十冊読んでも大麻を吸うとどうなるかは理解できない…いや、今の例が適切でないことは認める。すまん。」
「なんで既にわかっていることをわざわざ経験しなきゃいけないの?よくわかんないよ。」
「息子を前にして論破されようとしてる…すまん。父さんの語彙と作家としての実績ではお前に敵わないからうまく言えないんだが…今わからなくてもいい。でもいつかわかってほしい。俊樹が知ってることは、知ってると思っているだけで、世の中で実際に起こっていることはきっと違うんだ。だからいろんなことを経験してほしいな。」
数年経って僕は本で描かれているようないじめを経験する。紙の中のいじめは、痛くも無くて、心もくさくさしなくて、それはあくまで、なんでもない紙上の文字だった。だけど現実のいじめは、殴られると血が出た。数日経つと青くなったり黄色くなった。何をするにも身体がだるくて、日々気力を吸い取られていく。これが本当の世界だったんだ。
父さんが死んで、唯一の読者がいなくなった僕は本を書かなくなった。読まれない本なんてなんの意味も無い。僕は書きかけのノートを、引き出しの奥に封印した。
「川村くん大丈夫?」
「え?あ、はい。大丈夫です。」
「もう一度書いてみない?」
「え…?いや、無理ですよ!ほんとずっと書いてないですし、文学として成立してないんで…」
「誰がそれを決めたの?」
「いや、それは…自分ですけど…」
「面白いか面白くないかの評価は読み手が決めることだよ。ちなみに何作くらい書いてたの?」
「長編だと50作くらいは書きました。最後のは途中で止まってますけど…」
すけねえさんは、またグラスをダンッとカウンターに叩きつけた。
「長編50?いくつの時よ?」
「たしか、小4の途中くらいから中2の始めくらいまでですね…」
「てことは1ヶ月に1作ペースってことか…あんたすごいじゃない!」
「いや、ほんと大した作品じゃないんで…」
「いい?才能って言うのはね、継続できる力のことなのよ。書く気力を持続させてつくり続けるというのはものすごい才能なのよ。あんたわかってる?」
「いえ…単純に父さんが喜んでくれるのが嬉しくて、何も考えずただひたすらに書いてました…」
「…明日時間ある?」
「え?」
「明日またここに来るから、作品全部持ってきなさい。」
「いや、そんな見せるほどのものじゃないんでほんと…」
「いいから!!」
そう言ってすけねえさんは有名出版社の名刺をぱんとカウンターに叩きつけた。
「何かあったら連絡しなさい。じゃあ明日夕方17時にここで。」
そう言い残し、すけねえさんはコツコツとヒールを鳴らして店から出て行った。
「気に入られちゃったみたいだねー。」
「ミチロウさん!ちょっと人ごとみたいに言わないでくださいよ!」
「とりあえず作品見せてみたらいいじゃん。こんな機会滅多に無いよ?うまくいけばオッケーくらいに思ってさ!」
「うーん…でも、なんか…」
「怖い?」
「…なんていうか、この程度だって思われるのが嫌と言うか…」
「たくさん本を読んできたことが川村くんを川村くんたらしめていた。その培ったものが作品に投影されている。つまり作品を否定されることは、自分の人生を否定されることと同義じゃないかと?」
「そうかもしれないです…」
「ちなみにだけど、どんな作品を書いてたの?」
「ジャンルはばらばらです。とにかく父さんが面白いと思うだろうなーってことだけを書いてました。父さんが読んできた本や、父さんから聞いた話を基に、父さんのツボを意識することだけを考えてました。」
「それ読ませて!絶対読ませて!」
「いやー、でもな…」
「とにかく明日17時ね!もう夜も遅いし今日は帰りな。はいはい!」
「わかりました…あの、今日もありがとうございました。あと、宇野さんもありがとうございました。」
「川村。一回だけ勇気出してみ!なんかが起こるから!」
「…はい。」
「せや、サインいるか?」
「いえ、結構です。」
「欲っしろ!なんならお前から頼め!」
あははと笑って僕は店を後にした。
こんなに遅くの電車に乗るのは初めてだ。
朝は憂鬱そうなサラリーマンが、夜にはお酒臭くなって楽しそうにしている。
こんな時間から化粧をしてどこかに出かけようとする若い女性がいる。
駅員でもないのに、ぶつぶつと電車の発着をアナウンスする人がいる。
世の中ではいろんなことが起きてるんだ。僕にはまだまだ知らないことが山ほどあるんだ。
見るものすべてが面白そうだった。本にはない、体温が、世界にはあった。
家に到着する頃には23時をまわっていた。母さんが心配そうに、どこ行ってたの?と聞いてきたので、僕は少し考えて、友達のところ、と答えた。
「遅くなるなら連絡しなさい!心配するでしょー。」
「ご、ごめん…」
「わかればよろしい。で、友達のところは楽しかった?」
「うん!」
「よかったわね!」
「…あのさ、明日出版社の人に本を見せることになった。」
「ほんと?すごいじゃない!」
「いや、どうなるかはわからないんだけどさ…」
「挑戦してみなよ。結果なんてどうだっていいんだから。」
「そうだね。きっとうまくいかないだろうけど。」
「まぁそうでしょうね。」
「なにさ?」
「そんな初めからうまくいくほど世の中甘くないのよ。」
「厳しいなぁ…」
「でも母さんは応援するわ。」
「どうして?」
「親ってそういうものよ?まわりが俊樹を受け入れなかったとしても、親はわが子を味方するの。」
「…なんかさ、ごめんね母さん。」
「何が?」
「…話さなきゃいけないことがあるんだけど、でもまだ話せないんだ…もう少し、もう少ししたら絶対話すから。だからあとちょっと待ってほしい。」
「…今楽しい?」
「うーん…うん。なんか今週はほんといろいろあって、だけど今ワクワクしてるんだ。何かが大きく変わりそうな気がしてるんだ。」
「そっか。俊樹が楽しいならそれでいい。気長に待つわ。じゃあ母さん先に寝るね。おやすみ。」
母さんはそう言って寝室に消えていった。
僕は部屋に戻ると、引き出しの奥からすべてのノートを取り出した。
父さんと過ごした時間だけ積み重なったノート。そして父さんがいなくなった年数だけ積み重なった埃。一冊ずつ埃を丁寧に拭き取る。
51と書かれたノートを開くと、終盤に差し掛かったところで文章は終わっている。
僕はペンを握った。
9月15日 土曜日
時計を見てはっとした。16時。
あれから僕は一睡もせず、トイレすら行かずにひたすら書き続けた。空白の時間がどんどんと埋められていく。ペースを掴むまでに時間はかかったが、徐々に調子が上がってきてラストまで一気に書き上げた。父さんのために書き上げる最後の作品。
ふぅと一息つき、僕は支度を済ませて家を出た。すべてのノートをカバンに詰めて。猿タコスには17時前に到着した。
ミチロウさんは僕の顔を見てぎょっとしたようで、窓に映る自分を見ると目に“くま”ができていた。これでも食べて待ってなよ、と言って、ミチロウさんは「ガンボ」という料理をを出してくれた。
ニューオリンズの家庭料理らしく、ボ・ガンボスというバンドの由来だということを教えてもらった。僕はCDないんですか?と尋ね、「夢の中へ」という曲をかけてもらった。
寂しいよって、泣いてても、何も元にはもう、戻らない。欲しいものはいつでも、遠い雲の上
もう過去は戻ってこない。前に踏み出すんだ。一度だけ勇気を出して。
ガンボを食べ終える頃に、少し遅れてすけねえさんがやって来た。
「ごめんね、ちょっと会社寄ってたら遅くなった。」
「あ、いえ、全然大丈夫です。」
「じゃあ早速だけど見せてもらっていい?」
僕はカバンからノートをすべて取り出した。見定められる。緊張するなー。
すけねえさんは特に何も言わず、ナンバリング通りにたんたんとノートを手にした。
CDはいつの間にか終わり、ミチロウさんがタバコを吐き出す息の音と、すけねえさんがページをめくる音だけが静かに響いていた。
僕はその間猿タコスの店内を見てまわった。読んだことのない本。見たことのない漫画。聞いたことのないCD。棚には所狭しと宝の山が敷き詰められていた。全部経験してみたい。すべてを自分に取り込みたい。僕は手にとっては棚に戻す、という行為を繰り返した。
とんとんとノートをまとめる音がした。時計を見ると19時をまわっていた。
「ざっと読ませてもらったわ。」
「あ、はい…」こんな短時間ですべてに目を通したのか。さすが大手出版社。
「かなり本読んでるわね。作品によって全然テイストが違う。」
「ありがとうございます…」
「で?感想聞かないの?」
「なんか読んでもらえただけでも、僕にとっては行動したなと思えて…」
「そう。じゃあ一方的に言わせてもらうけど、まだまだ出版できるレベルではないわね。」
う、うぐ…わかってはいたけど、堪える…
「だけど…」
「だけど?」
「悪くはない。特にこの51はよかった。物語の構成とか間延びする部分はまだまだだけど、主人公の心理描写はうまいなと思った。」
「あ、はい…」
「喜ばないの?」
「だってまだまだなんですよね?」
「あなたまだ高校生でしょ?あたしはプロの作家と比較した感想を言ってるの。作家でもない高校生と比べても意味無いでしょ。」
「…え?」
「あ、あとあなたパソコンで書きなさい。データ起こしが必要な若手作家なんて聞いたことないわ。」
「あ、あの…え、僕作家になれるんですか?」
「なれるとは言ってない。だけど限りなく可能性がある。あたしが担当としてつくから、まずはプロットを書いてあたしに見せること。これは手書きでいいからね。で、一本書き上げて出来が良かったら直接上に見せてもいいし、賞に出してもいいし、それは書き上げてから決めよう。どう?」
「どうって…いやなんて言うか…」
「やるの?やらないの?」
「ちょっとかんが…」
ミチロウさんに言われたことを思い出した。
何を考えるかもわからずとりあえず考えるの?判断材料はいつそろうの?100%にならないと判断できないかい?そうこうしているうちにチャンスを失うんだよ。勝負できる人間っていうのは、言い換えれば決断できる人間だ。
「…やります。やらせてください!」
「あ、そう。あんたどうせパソコン持ってないでしょ?あたしが前使ってたのをさっき会社で取って来たからそれ使って。」
「ありがとうございます…」
「パソコン使ったことは?」
「授業で少しは…」
「じゃあ練習がてら雑誌のコラムでも書いてみるか。雑誌のコラムの空枠が無いか手当たり次第別部署に聞いて回るわ。何か書きたいことある?」
「いや、あの、別に…」
「たぶん週刊誌なら可能性あるから…じゃあ、現役ばりばりのいじめられっ子によるいじめ解決までの道のりでいこう。ターゲットはいじめられっ子を持つ親。いじめられっ子はこんなことを考え、こんな風に生きてるから、親にはこういう対応をしてほしいってメッセージね。あんたの言葉で、あんたの経験を基にありのまま書けばいいから。1000字で、締め切りは月曜の17時。昨日渡した名刺にアドレス書いてあるからそこにデータで送って。以上。質問は?」
「な、ないです…」
「ならよし。じゃああたし次行かなきゃいけないから、何かあったら連絡すること。あ、いちおあんたの連絡先教えて。」
宇野さんも宇野さんで怒涛の勢いでしゃべる人だったが、すけねえさんはその比じゃなかった。
僕はスマホを取り出し、三件目の連絡先として「すけねえさん」を登録した。
「締め切り守れよー。」
そう言ってパソコンと充電器を置き、すけねえさんはコツコツとヒールを鳴らして店から出て行った。
「完全に気に入られたねー。」
「ですかね?」
「作家目指してる人なんて、日本に山ほどいるんだよ。その中で作品を書き上げられる人がほんの一握り。編集者に見てもらえるのがさらに一握り。担当がつく人、作品が売れる人は、もう恐ろしいほどに少ない。ぐっといろんなステージを飛び越えちゃったって感じだね。」
「なんか、なんかもうよくわかんないです。」
「少しは自信ついたんじゃない?」
「はい…いや、まだ本を出せるとかそんなことはわからないんですけど、父さん以外の人に自分の特技を見てもらって、それを評価してもらって、しかもチャンスまでもらえて。僕って意外とすごいんじゃないかって今思ってます。」
「いいねいいねー。それでいいんだよ!不確かでもいい。勘違いでもいい。自分はできるんじゃないか、すごいんじゃないかって思えることが大切なんだ。もうずいぶんと自信ついたみたいだね。」
「いや、これからです。強みを伸ばしたいんです。本を書くことについては、僕はそのへんの高校生には負けないことがわかりました。それに、強みを発揮する場も手に入れました。あとは経験をとにかく積むことです。書いて書いて、書きまくる。ただそれだけです。」
ミチロウさんはにこっと笑った。
「じゃあ、あれいっとく?」
「…はい、お願いします!」
パパパーンパンパッパーン。
「勇者川村は、レベルが10になった。装備「作家プライド」を手に入れた。」
相も変わらず…ふふ。なんだか笑える。今、すごく楽しい。
「じゃあそろそろ次のステージに行こうか。」
「はい!今だったら、戦えそうな気がします!でも…」
「でも?」
「今日はコラムを書きたいんで、明日来てもいいですか?この熱があるうちに書きたいんです。」
「川村くん変わったね。すごいよほんと。うちに来てまだ一週間も経ってないのに。」
「自分でも信じられないです。今までいじめを我慢してたのが嘘みたいで…一度だけ勇気をもって飛び込んだら、すべてがいい方向に動き出すんですね。」
「ちなみに、愚問覚悟でいちお聞いておくね。これだけ自信を持てたらもういじめとか立ち向かわなくてもいいんじゃないかとも思うんだけど、どうする?」
「愚問ですね。僕は戦います!だからあと少しだけ、サポートお願いします!」
「もちろんです!」
「じゃあ今日はこれで。」
「あ、そのノートちょっと読ませてもらってもいい?ボクも読んでみたい!」
「え、あぁいいですよ。じゃあ置いていきますね。」
僕はノートをミチロウさんに渡し、明日も17時に来ると約束して店を出た。
こんな街中なのに、今夜は星がきれいに光っていた。
ステージ②酒場クリア
ー自信レベルが10になった
ーすけねえさんがパーティに加わった
ー装備「作家プライド」を手に入れた
ー装備「パソコン」を手に入れた
僕はぼうけんのしょにセーブした。