企む職員室。[studioあおブログ]

企みつつ、育てています。

『いじめRPG』第10章 魔王の城 左子光晴

魔王の城

 ステージ⑤魔王の城:伝説の装備を使ってラスボスに挑む
 →いじめ当事者、親、校長・教頭に事実を提示し、“いじめ“を倒す
 
 「母さん今日は遅くなりそうです。先に寝ててください。明日いろいろ話します。 俊樹」
 そうメールを打った。時計は21時を指していた。
 「川村っち、制裁レベルは決めた?」
 「いや、それがまだ…明日決めようと思ってます。」
 「そう。あ、あとX dayはどうする?あたしも行ったほうがいい?」
 「ありがとうございます。でも…僕と母さん二人で戦おうと思います。さんざんカマキリさんとミチロウさんにはお世話になったんですが、最後は家族で乗り切りたいなって。」
 「…大丈夫?」
 「…大丈夫かどうかは…だけど、何かいじめ解決以上の問題も解決しなきゃいけない気がしてるんです。」
 「どういうこと?」
 「…父さんは僕が中2の頃に亡くなりました。それからはずっと一人ぼっちでした。この世界に僕を必要としてくれる人は誰もいないんだって…だけどそれは間違いでした。ミチロウさんやカマキリさん。オシャにいさんやウノさんにすけねえさん。みんな僕の味方になってくれました。そして、母さんはずっと僕の味方だったことに気づきました。母さんは僕が話し出すことをただひたすらにじーっと待ってくれてたんです。」
 「そっか…」
 「父さんは死にました。でも僕と母さんは生きてる。これからも生きていくんです。なんかうまく言えないけど、死んだ父さんを悲しむんじゃ無くて今生きてる母さんを大切にしなきゃって。だからX dayは母さんと二人で戦いたいんです。」
 「川村っち…あたしなんだか泣けてきたわ…」
 「いや、カマキリ全然泣いてないじゃん。からからじゃん。」
 「泣いてるってことでいいでしょ!ミチロウちょっと黙りなさい。」
 みんなで笑った。青臭いセリフを吐いてるなって自覚はある。それがちょっと恥ずかしいなと思ったけど、遮ることなく、馬鹿にするでもなく、ただただ静かに聞いてくれる二人がいた。
 この二週間。一歩踏み出しては立ち止まり、後ろに下がりそうになることもあった。それでも前へ歩き続けた。たった一歩踏み出せば人生は変わるんだ。その一歩目は決して大きな歩幅ではない。ミチロウさんを信じるというただそれだけだった。自分の意思で猿タコスにやってくるという、わずか交通費160円の第一歩だった。

 「大丈夫そうね。うん。あとはうまくいくことを祈るのみだわ。」
 「そうですね。」
 「もしうまくいかなったらうちに…」
 「ミチロウさんありがとうございます。でも、もう逃げ道はつくりません。やるべきことをやるだけです。そしたらきっとうまくいきます。」
 「…そうだね。なんかボクより大人になっちゃったなー。」
 「ミチロウがガキなだけでしょ!」
 「ボクがガキだとしたら、草むらのカマキリを食べるきみは?」
 「餓鬼ってとこかしら。」
 「うまいこと言うねー。」
 「いいフリするじゃない!」
 「あ、あの…」
 「あ、ごめんごめん!じゃあ月曜は通常営業してるから、夜にでも寄ってよ。大宴会といこうじゃないか!」
 「楽しみにしてます!今日は…と言うかいつもありがとうございます!」
 「がんばってね!」
 「川村っちファイトよ!」

 終電から覗く空にはまん丸の月が輝いていた。

 9月24日 月曜日
 「全部持った?」
 「持ったよ!」
 「ハンカチとかティッシュは?大丈夫?」
 「いらないよ!」
 こんな母さんを見るのは初めてだ。なんていうか、浮き足立っている。
 昨日は二人で過ごした。三種の神器を見せてどんな被害に遭っているかを正直に話した。作戦も伝え、母さんにどう振舞ってほしいかもすべて説明した。母さんは動じることなく、怒りを見せることもなく、ただ淡々と話を聞いてくれた。頼もしかった。二人でもなんとかなると確信した。だけど…
 「母さんの服変じゃないかしら?お化粧濃い?」
 「いや、授業参観じゃないから!」
 大丈夫だろうか?不安になってきた…

 学校が近づくと母さんは落ち着き始め、逆に僕がそわそわし始めた。この土日ですべてがリセットされた気分だ。そんな僕を察してか、母さんは手を握ってきた。
 「何してんの?ちょっと、これは恥ずかしいよ…」
 「いいじゃない親子なんだから。」
 「とは言え変だよ。もう16だよ?」
 「そんなこと言うなら学校についていくのやめようかな?」
 「いやそれは…」
 なんとなく緊張が和らいだ気がした。

 学校に着いたのは12時だった。いじめの件で話がある、と母さんは今朝学校に電話をしてくれていた。なかなか校長に代わってもらえずかなりの長電話だったが、母さんは毅然とした態度を崩さなかった。どうやら向こうも折れたらしく、昼休みに関係者を集めて話し合うことになった。
 上履きはやっぱりなかったので、来訪者用のスリッパを履く。自分の学校なのに、なんだか初めて来る場所のような気がした。
 校長室に向かうと、部屋の前で校長と教頭、そして森川先生が立っていた。
 さぁいよいよだ。僕はスマホの録音ボタンをオンにした。

 「か、川村さん。今日はお忙しい中ご足労いただき誠にありがとうございます。また、こちらの対応が至らずこのような事態になってしまい誠に申し訳ありません。」
 「校長先生、教頭先生。お時間とっていただきありがとうございます。まず初めに、私は一方的にいじめの当事者を怒りにきたわけではありません。建設的な議論ができればと思っております。そのためにも、両者の言い分を正確に記録するために会話を録音させていただいてもよろしいでしょうか?」
 「…。」
 「校長先生いかがですか?あとで言った言ってないという問題にならないよう、お互いのために記録しておきたいのですが。」
 「…か、かしこまりました。問題ございません。」
 「ご理解いただきありがとうございます。」
 「で、ではここではあれなので、さぁどうぞ中へ。」
 ガチャリ…ドタドタドタッ…バタンッ
 「森川先生。お茶を用意していただけますか?」
 「か、かしこまりました!」
 「校長先生、森川先生お気遣いなく。」
 「あ、いえ…もう少ししましたら山口たちも来ますので…」
 ドタドタドタッ…ガチャリ…バタンッ
 「…。」
 キーンコーンカーンコーン…キーンコーンカーンコーン
 「…。」
 ガチャリ…ドタドタドタドタドタドタドタドタドタッ…バタンッ
 「さぁさ、みんなここに座って。森川先生はお茶をお配りしてください。」
 トンッ。トンッ。トンッ。トンッ。トンッ。トンッ。トンッ。トンッ。トンッ。トンッ。
 「川村俊樹の母の川村久美と申します。山口くん。大原くん。松本くん。寺田くん。内村くんね。貴重なお昼休みにお呼びたてしてごめんなさいね。」
 「別にー。」
 「じゃあ早速本題に入りましょうか。私は息子から、学校でいじめに遭っているという相談を受けました。今日の目的は、いじめが本当にあったのか、もしあった場合に誰がいじめたのか、そしてその当事者が見つかった場合に学校としてどう対処するのかを明らかにしたいと思います。」
 「初めに言っときますけど、おれら川村をいじめたりしてませんよー。」
 「ほんとなのか山口?」
 「おれらはいじってただけっすー。川村が嫌な思いしてるとか知らなかったすもん。」
 「あらそう。あくまで山口くんはいじってただけで、いじめてはいないと主張するということね。」
 「いじめなんてしませんよー。なぁかわむらー?」
 「…ぼ、僕は…いじめられてると思ってました。」
 「あ、あの、お母さん。これじゃあ埒があかないので、こちらで本人たちから聞き取り調査を行って日を改めるというのはいかがでしょうか?」
 「その必要はありません。校長先生これを見ていただけますでしょうか?」
 ジィーーーーーッ。バサッ。スーッ。パラパラパラッ。
 「なんですかこれは?」
 「息子の日記です。ここには山口くんたちからいじめを受けた具体的な被害と、それによって心や体調に変化があったことが書かれてあります。山口くんたちだけじゃなくて、森川先生や教頭先生にも問題を取り合ってもらえなかったことも書かれています。」
 「お、お言葉ですが、川村くんの書きようによってはなんとでも書けてしまうと言いますか…」
 「息子が嘘をついているということですか?」
 「いえ、そのようなことは申し上げていないのですが…でも日記というのは客観性に欠けるかと…」
 「なるほど。それは校長先生のおっしゃる通りかもしれませんね。ではこちらはどう説明されますか?」
 パサッ。バサッ。ドンッ。ドンッ。
 「写真と教科書です。見ていただけますか?」
 「これは…」
 「机の上に花瓶が置かれてありますね。しかも菊の花です。これがどういう意味かは、校長先生おわかりになりますよね?」
 「は…はぁ…」
 「わざわざこんなことを、いじめられているとでっちあげるために息子がすると思いますか?」
 「…あ、いえ…」
 「これは壊された自転車です。先ほど駐輪場を見てきましたが、たしかにボロボロになった自転車が置いてありました。この学校は自転車を止めていると破壊しなければならない校則があるのでしょうか?」
 「いえ…そのようなことは…」
 「まだあります。上履きが隠された下駄箱。それによって外靴で教室に入らなければいけなかった写真。そしてこっちが落書きされた教科書です。落書きってページの隅に書くもんですよね?わざわざ文字が読めなくなるようにマジックで書きますか?それも死ねとか、キモ蟲とかって言葉を自分で書きますかね?」
 「も、森川先生!これはご存知でしたか?」
 「あ、いや…あの…」
 「僕は森川先生に花瓶のこと相談しました。だけど森川先生はきれいな花を誰かが置いてくれたんじゃないかって答えました。」
 「そうなんですか?」
 「…。」
 「森川先生黙ってちゃわからないでしょ?」
 「…そ、相談された覚えはあります…ですがそのように答えた覚えは…」
 「あるんですか?ないんですか?はっきりしてください!管理職の責任にもなるんですよ!」
 「…覚えておりません…」
 「お、お母さん申し訳ありません。森川先生も覚えてらっしゃらないということで…もしそれが事実だとしたら大変な問題かと…」
 「事実だとしたらとおっしゃいましたか?まだ息子の言う事を信用なさらないつもりでしょうか?」
 「あ…いえ…」
 「いじめの事実はあります。それは間違いないですね?」
 「お…仰るとおりです…」
 「学校側として、川村俊樹がいじめに遭っていることを認めるということですね?」
 「は…はい…」
 「ありがとうございます。じゃあ次の問題は誰がやったのかを明らかにすることですね。」
 「おれたちじゃないっすよー。なぁ大原?」
 「え?あぁ…お、おれたちじゃないっす…誰かが置いたんじゃないすか?」
 「そうですか。山口くん、大原くん。今のは本当ですね?本当に置いてないんですね?」
 「なんか証拠でもあんすかー?おれらが花屋に行った証拠でもあんすかー?」
 「花屋に行った証拠はないわね。」
 「ないのに疑ってんすかー?あ、おれ傷ついちゃったなー。こういうの冤罪って言うんじゃないすかー?心のケアが必要になってきますよー?」
 「松本くん、寺田くん、内村くんはどう?何も知らない?」
 「いや、おれたちは…なぁ寺田?」
 「知らないっすね…」
 「…あ、あの…おれは…」
 「内村くん何?」
 「おいうちむらー。緊張してんのかー?おれたちは何もしてねーよなー?そうだろ?」
 「え、あ…うん…」
 「山口くん。内村くんに圧力をかけるのはやめてもらってもいいかしら?」
 「そんなことしてないっすよー。なぁうちむらー?」
 「そ、そうだね…」
 「あくまで山口くんたちはやってないということね?間違いないのね?」
 「うーす。知らねーっす。」
 「そうですか。できれば出さずに済ませたいなと思ったんだけど…校長先生。昼休みを過ぎてしまいますがよろしいですか?」
 「事が事ですので致し方ないかと…」
 「ありがとうございます。じゃあこちらを聞いてください。」
 カチッ
 「…お、おお…大原くん、や…ややめてよ。」
 「は?何をやめるって?」
 「ぼ、ぼぼぼくは、き、キモ蟲なんかじゃない。か、川村だ。そ、そう呼ぶのやめてよ大原くん。」
 「気持ち悪いしゃべりかたしてんじゃねえよ!」
 「そ、そそ…それに花瓶を置くのもやめてよ!」
 「わざわざ買ってきてやったんだぞ?気に入らねーなら花代と花瓶代よこせ!まぁ内村の金なんだけどな。」
 カチッ
 「大原くん。これはあなたの声で間違いないわね?」
 「ひ、ひひ卑怯だぞ川村!録音してるなんて聞いてねえぞ!」
 「いちいち大原くんの許可を取らなければいけないのかしら?」
 「それは…いや、だって!」
 「盗聴じゃないんすかー?勝手にこういうの録っていいんすかー?どうなんすかー?」
 「盗聴よ。」
 「じゃあいけないじゃないすかー?何堂々と言ってんすかー?おかしいんじゃないすかー?」
 「ふふふ…ははっははは。」
 「何笑ってんだよ?」
 「いや、盗聴って言葉は知ってるのに、その意味を全然知らないんだと思って。山口くん面白いわね。盗聴自体は違法じゃないのよ。今回のケースだと個人のプライバシーの侵害にも当たらないし盗聴目的も自己防衛だから問題ないようだけど。どうする?」
 「まぁおれは花瓶のことは知らないんで関係ないんすけどねー。」
 「おい山口!お前がおもしれーて言ったんだろ?」
 「おもしれーって言っただけで、やったのは大原だろー?」
 「ふざけんじゃねーぞ!裏切んのか山口!」
 「まぁまぁ仲間割れはしないでよ。山口くんは花瓶は知らないって言ってるけど、暴行はしたんだよね?」
 「は?知らねーすよ。」
 カチッ
 「と、とトイレに行って何するの?」
 「キモむしー。あんまり調子に乗るなよ?」
 「…い…いかない…何をされるか聞くまで、僕はここを動かない…」
 「そうかー。じゃあここでいいや。」
 ドスッ。
 「…い、痛いじゃないか山口くん。僕の右肩を殴るのはやめてくれよ。」
 「気安く名前呼んでんじゃねえぞコラ!ここで死ぬか黙ってトイレについてくるかどっちか選べ。」
 カチッ
 「暴行と脅迫かしら?」
 「た、たかがこの程度でいじめって言われてもー。こっちはじゃれてたつもりなんすからー。」
 「俊樹いける?」
 「…うん。」
 プチッ。プチッ。ガサガサッ。パサッ。
 「川村くん…そ、それは…」
 「山口くんと大原くんに暴行された痕です。日記にも書いてますが、先週の水曜日にやられました。」
 「山口くん、大原くんそうなのか?」
 「…し、知らないっすねー。」
 「…すいませんお待たせしました!入ってきてください!」
 ガチャリ…トタ…トタ…バタンッ
 「用務員の原です。私は山口くんと大原くんが暴行していたのをたしかに目撃しました。」
 「だーかーらー、あれはプロレスごっこですって?」
 「山口くん違うわ。たとえきみがプロレスごっこと理解していたとしても、これはもう立派な傷害よ。そして俊樹にはプロレスごっこをする意思はなかったわ。校長先生はどう思われますか?」
 「あ、いや…これはその生徒同士のじゃれ合いで…」
 「この傷を見てもまだそんなことが言えますかっ!どうなんですかっ?」
 「いや、あの…それは…」
 「真摯な対応をしていただけないようでしたら、警察に被害届を出そうと思いますがいかがでしょうか?」
 「そ、それは何卒…生徒たちにも動揺が走り、生徒たちがその…」
 「生徒じゃなくて校長先生の保身の問題ではないでしょうか?まぁそんなことはどうでもいいんです。とにかくいじめはあった。そしてその犯人は山口くんたち。これに異議のある方はこの場にいますか?」
 「…。」
 「…お、おれ…やりました…松本も寺田も…大原も山口もみんなやりました…誰も山口に逆らえなかったから…逆らったら次はおれがいじめられるから…」
 「内村!」
 「山口黙れ!内村くん話して。」
 「…お、大原が、大原がタバコ吸ってるところを川村に見られたところから始まったんです…川村はおとなしくて、ずっと一人で本を読んでて、とにかく静かなやつでした…最初はからかうつもりでやってたんですけど、川村がなにも反応しないから、どこまでやればいじめと気づくだろうって…だけどどんどんエスカレートして…先生も全然気づいてくれないし、でもいじめを止めればおれが次やられるし…おれそれで…」
 「内村くん。正直に話してくれてありがとうね。」
 「川村…ほんとにごめん、ごめんなさい。謝っても許してもらえないと思うけど…ほんとにごめんなさい!」
 「お…おれたちも山口と大原に逆らえなくて…ごめんなさい!」
 「…ご、ごめんなさい!」
 「松本くんも寺田くんも正直に謝ってくれてありがとう。だけどね、謝っても済まないことをあなたたちはしたのよ。たかが殴ったくらい、物を盗ったくらいと思ってるかもしれないけど、これは犯罪なの。あなたたちは犯罪者なのよ。」
 「ご…ごめんな…さい…」
 「ちょっと母さん!ここからは僕が話すよ。みんな顔を上げて。」
 「川村くん…その…彼らの処分は学校側で決めさせてもらえないかな?」
 「校長先生何言ってるんですか?あなたたちも処分を受ける側でしょ?僕は森川先生にいじめの報告をしました。先生はまったく相手にしてくれず、教頭、校長に報告してくれと言ってもなかなか動いてくれませんでした。教頭もいじめの調査を行うと言いながら遅々として進まず、校長にも報告せず。やりとり全部レコーダーに入ってます。そんな先生たちが、何を人ごとのように生徒の処分を決めようとしてるんですか?どの口が言ってるんですか?」
 「そ、それは…」
 「それはじゃないんです。生徒がいじめを訴えても取り合おうとしない。責任を押し付け合い、自分に都合の悪い事を隠す。僕は学校で何を学べばいいんですか?世の中の不条理ですか?うまい責任転嫁の方法ですか?」
 「申し訳ない…ほんとに申し訳ない…」
 「謝罪が聞きたいわけじゃないんです。学校の先生が忙しいことも、評価制度が悪いことも聞きました。だからと言って生徒を無下にするのは違うと思います。今僕は…僕は少し興奮してるかもしれませんが…一時的な怒りで話してるわけではありません。僕が言いたいのは…」
 「…。」
 「僕が言いたいのは…」

f:id:stud-io:20190210181528j:plain