宴
タンッ
「おい止めんなや!ちょ、続きはよ!」
「聞きたいですか?」
「何もったいぶっとんねん!そのボタン押させろ!」
「どうしようかな?」
「川村くんはやくはやく!すげーいいとこなんだから!」
「おい川村、早くしろ。あたしも暇じゃないのよ!」
「川村っちはやくー!どうなったのよ?なんて言ったのよ?」
宇野さんにオシャにいさん、すけねえさん、カマキリさん、そしてミチロウさん。パーティのみんなが僕を取り囲んでいた。みんな仕事を早めに切り上げて月曜の夜なのに集まってくれたらしい。ミチロウさんの粋なはからいだった。
話し合いが終わったのは放課後で、母さんはピロティを抜けるとどっと老け込んだ。
「あぁーーーつかれだぁーーーー」
「…母さんありがとね。」
「母親ですから!子どもに頼られるのが母の喜びですから!」
「…しかしすごい剣幕だったね!山口黙れ!って。」
「ちょっとそういうの言わないでよ!恥ずかしいでしょ。」
「かっこよかったよ…なんて言うか、誇らしかった!これが僕の母さんなんだって。」
「母さんだってやるときはやるのよ。」
「もっと早くから頼るべきだったかな?」
「それはどうだろうね。俊樹がああしてほしい、こうしてほしいってちゃんと指示してくれたから母さんはその通りにやっただけ。いじめられてるんだけどどうしよう?って感じで来てたら、母さんが学校に怒鳴り込んでそれで終わってたかもしれない。」
「それはあるかもね。校長黙れ!って言ってたかもね。」
「だからそれは言わないでって!」
「あ、用務員のおじさんだ!」
「川村くん!今終わったのかい?お母さんもお疲れ様でした。」
「はい!あの…今日はありがとうございました。」
「いやー、ほんとに素晴らしかった。鯛やヒラメが舞い踊ったねー。」
「助けた亀にまんまと利用されましたね。」
「そう言えば竜宮城って俊樹なに?」
「それは内緒。」
「しかし川村くんあれでよかったのかい?」
「そうよ。母さんもびっくりしたわ!」
「あれこそが正解。父さんも同じようにしてたと思う。」
僕は制裁レベルを最後の最後まで決め兼ねていた。カマキリさんの言うように、たしかに山口たちや森川先生をこのまま放っておけば、またいじめの被害者が出るかもしれない。気が狂いそうなほどに憎くて疎ましくて、どうしようもない存在だ。だけど。だけど猿タコスに通い始めて、ミチロウさんと話す中で僕の中で何かが芽生え始めた。毎日いろんな人に出会い、いろんな人の話を聞いた。少しづつ、でも確実に僕の中でそれは育ち続けた。それは日に日に存在感を増していき、そしていつしか僕はそれを認識するようになった。
「じゃあ続きいきますね。」
スマホの再生ボタンを、僕は押した。
「僕が言いたいのは…人間は変われるんです。だから僕は山口くんたち、そして先生たちを許します。」
「…。」
「え?川村くん今のは…本当かい?」
「校長先生。僕はこの2週間でたくさんのことを学びました。それは学校では教えてくれないことでした。人生には意味がないこと。だけどどうせ生きるなら幸せに生きたほうがいいこと。自信が大事ということ。世界は広いということ。そして、人間は変われるということ。僕は変わりました。見た目も姿勢も変わりました。でもそれ以上に、考えが変わりました。」
「…おい川村…なんだよ考えって?」
「僕はきみのことをずっと馬鹿な人間だと思っていた。本も読んだことのない馬鹿な人間。」
「なんだとコラ?」
「馬鹿すぎるから僕を恐れていじめるんだって。だけどあの日、本をボロボロにされた日に思ったんだ。そんな馬鹿な人間にいじめられる僕は底辺なんじゃないかって。生きてる意味がないんじゃないかって。雨の中僕は自殺しようと決めたんだ。」
「…。」
「そんな僕に手を差し伸べてくれる人がいた。その人が言うんだ。川村くんはもったいない人だって。僕のことを面白いってその人は言うんだ。いじめられっ子で生きてる意味のない僕がだよ?それから僕は見ず知らずのその人と一緒にいじめを解決していくことになった。髪の毛を切ってもらったり、空気の読み方を教わったり、世の中には本よりも面白いものがあることを教えてもらった。ある人は僕に本を書く才能があるといって褒めてくれた。ある人はいじめの戦い方を教えてくれた。僕に自信をつけるためにみんなが力を貸してくれたんだ。そしたら何があったと思う?」
「…なんだよ?」
「明日のことを考えるようになったんだ。明日はこれをしよう、あれをしようって考える自分がいたんだ。そのときに思った。人間は変われるんだって。狭い世界に閉じこもって、死んだ人のことばかりを引きずってても仕方がないんだって。僕は今生きている人のために何かできる人間になりたい。僕に関わる人を気持ちよく、いい方向にしてあげたい。だから僕はきみを許す。」
「偽善者かよ!」
「山口くんも…山口もいつかわかると思う。人を踏みにじるよりも、人のために何かするってことのほうがずっと楽しいよ。だから過去のことは忘れて、これからもっと楽しくなる方法を考えていく。それが自信を持って生きていくために必要なことだから。」
「…川村、先生が悪かった…本当に申し訳ない…決めたよ。おれ教師辞める。」
「辞めるんですか?続ければいいじゃないですか?」
「今のおれはもう教師に向かないんだ。川村に気づかされたよ。学生の頃はさ、生徒に寄り添えるグレイトティーチャーになりたいと思ってた。でも結婚して子どもができて、もう無難に生きることしかできなくなったんだ。やれ体罰だ、セクハラだ、いじめだって親たちがものすごい騒ぐだろ?学校も学校で、できるだけ問題を起こさないように、みたいな空気が流れてる。そしたらもう教育とか生徒のためとかどうでもよくて、面倒が起きないように最低限生徒に関わっておくのが一番賢いんじゃないかって思うようになった。だからもうだめだ。おれは教師じゃない。」
「先生は最低のくず人間です。だけど今はちょっとだけかっこいいです。」
「だろ?じゃあ教師ラストとして大胆なことやっちゃうよ?山口!大原!」
パンッ。パンッ。
「なにすんだよ!」
「ちゃんと川村に謝れ!お前たちは今人間としてあまりにもださすぎる。」
「あん?」
「お前たちは過ちを犯した。川村はそんなお前を許すと言ってくれている。なのにお前たちは死ぬほどみみっちくてくだらないプライドのせいで、川村に謝罪もできないでいる。人間は失敗する生き物だ。だけど人間はそこからやり直すことができる。だからちゃんと謝れ。やり直すためにもちゃんと謝れ!そして今からどうすべきかを必死に考えろ。以上!」
「…川村ごめん。」
「悪かったよ。川村ごめんな。」
「川村、山口も大原もこう言ってるんだ。許してもらえるか?」
「校長先生、教頭先生。あなたちも変われますか?」
「こ、校長…いかがですか?」
「教頭先生!いつまでも私の顔色を伺うのは止めなさい!自分のことは自分で考えなさい!川村くん。長い教師生活できみのような生徒に会ったのは初めてです。私も校長職を降りて、いち教員からやり直します。目が覚めました。教育委員会には私から話すことをお約束します。」
「わ、私は…私も…そうします。一からやり直します。」
「俊樹はそれでいいのね?」
「うん。これがいい。これがいいんだ。」
パチ。パチ。パチ。パチパチパチパチパチパチッ
「川村くんいいもの見せてもらったよ。最高の竜宮城だったよ。」
タンッ
「これで終わりか?」
「はい。これで終わりです。」
「たまげた…こんなドラマみたいな終わりあるんやな…」
「カマ、なんだか涙が出てきたわ…」
「今度はほんとに泣いてんじゃん!」
「ミチロウうるさい!」
「川村くんすげーよ!めちゃくちゃかっけーよ!やべーよ!」
「やるじゃん川村。あ、そう言えばもう一個いいニュースがあった。」
「なんですか?」
「連載決まったよ。いじめコラム。」
「ほんとですか?」
「めちゃくちゃ大変だったんだからー。死ぬ気で書けよ!元いじめられっ子!」
みんながバシバシと僕の肩を叩いた。僕は何がなんだかわからなくて、みんなが盛り上がっているのをぽかんと見つめていた。宇野さんが「喜ばんかい!」と頭をはたいてきた衝撃で、祝福の主語が自分ということにようやく気づいた。「え?あ…え…やったーーーー!」そんな僕のリアクションを見て、みんなげらげら笑った。
「ミチロウさん。あれ、お願いできますか?」
「やっちゃうか!」
パパパーンパンパッパーン。
「勇者川村は、レベルが30になった。ラスボスを倒しいじめを解決した。コラムの連載を勝ち取った。」
わぁーっと再び盛り上がった。みんながハイタッチを求めてくるが、慣れていないせいでタイミングがわからない。手が腕に当たったり、勢い余ってカマキリさんとハグしたり、なんともぎこちないものになってしまった。
あぁほんとだ。父さんの言ったとおり。友達はいたほうが楽しいんだ。やっとわかったよ。
宇野さんはベロベロに酔っ払ったすけねえさんに絡まれてひたすら一発芸を要求されていた。泣きモードに入ったカマキリさんはオシャにいさんにデロデロに甘えている。ミチロウさんはそれを見ながら、にこっと笑っていた。
みんな楽しそうだな。ひとり感傷に浸っていると、タバコを吸い終えたミチロウさんが話しかけてきた。
「川村くんおつかれさま。」
「ミチロウさん。ほんとにありがとうございます!」
「これでいじめ解決RPGは終了だね。あとのボーナスステージは川村くん自身でがんばるんだ。」
「はい!」
「覚えてる?いじめを解決したらボクのお願いを一つ聞くってやつ。」
「もちろん!で、そのお願いってなんですか?」
「本を書き続けてほしい。」
「本…ですか?」
「そう。」
「それは…え?今まで通りにすればいいってことですか?」
「そう。別に作家一本でこれからもやっていけとかそういうことじゃなくて…もし将来的に別の仕事に就いたとしても、ずっと本を書き続けてほしい。それが僕のお願い。」
「はぁ…」
「なんか変?」
「いや…なんて言うか、もっとすごいお願いされると思ってたんで…そんなことでいいのかって…」
「今の川村くんにとってはそんなことって思うかもしれないね。それでいい。とにかく僕は川村くんの本をずっと読みたいんだ。」
「わかりました。じゃあ僕はずっと書き続けますね。」
「ありがとう!話は以上です。」
ミチロウさんは再びタバコを吸い始めた。そのまんまの意味なのか?何かもっと深い意味があるのか?僕にはよく理解できなかった。
「おい川村、お前いじめっ子許したんはええけど、明日からどないして友達つくっていくねん?」
すけねえさんの陵辱から逃れてきたウノさんが僕の隣に腰掛けた。
「どないって…ここで身に付けた奥義「エアーリーディング」とかを使おうかなって。」
「いやそれもええんやけどな、お前にぴったりの呪文を一個授けたろ。」
「なんですか?」
「呪文「ダレガヤ」。」
「ダレガヤ?」
「そう。例えば川村が、おいチビーっていじられたとする。ほなそんときに、誰がチビや!と返す。ただそれだけ。」
「それだけで何がどうなるんですか?」
「いじられた言葉を否定しながら笑いを取れる。たかがそれだけと思うかもしらんけどな、笑いは魔法や。どんだけ見た目がきしょくても、どんだけ貧乏でも笑いさえとれれば人を魅了できる。言われた単語を「誰が」と「や!」で挟むだけの簡単なことなんやけど、これは芸人でも使てるテクニックなんや。」
「なるほど…」
「ちょっと練習してみよか。」
「またですか?」
「おい、貧乏!」
「ダ…ダレガビンボウヤ!」
「お前はSiriか!もうちょうい普通にしゃべらんかい!」
「やったことないですもん…」
「ええから慣れろ!いくで!おい、貧乏!」
「だ、だれが貧乏や!」
「ええ感じやん、やるやん。でももっとスムーズにいこ。おい、貧乏!」
「誰が貧乏や!」
「おい、元いじめられっ子!」
「誰が元いじめられっ子や!」
「おい、売れへん芸人!」
「誰が売れへん芸人や!」
「おい、顔ブサイク!ってさっきからわしやないかい!貧乏で売れへん芸人ってわしやないかい!」
「自分で言ったんじゃないですか!」
「ノリツッコミやん!まぁ…今スベッたんは全部お前のせいやけどな。」
「いや、僕悪くないでしょ。」
「てきな!てきな会話ができるから。そしたら川村は間違いなく人気者になれる。まわりはたぶん元いじめられっ子のお前に気遣て、当たり障り無いこととか距離を置いた会話をしてくると思う。そんときは自分から仕掛けていけ。」
「仕掛けていくったって…」
「なんの脈絡もなく、「誰が元いじめられっ子や!」って言え。」
「無理ですよ…」
「ええか?これはチャンスや。元いじめられっ子のお前にしかでけへんツッコミでありボケなんや。他のやつらには真似でけへん本物だけに許される笑いなんや。せやから明日試してみ?」
「…まぁ、チャンスがあれば…」
「チャンスあればちゃうねん!笑いの天才を信じやんかい!」
バシッと頭をはたかれたところで、酔いが回り赤鬼化したすけねえさんがやってきた。
「おい宇野…うちの作家先生殴るってどういう了見だ?あぁん?死ぬか?」
「ちょ、ちょいたんまっす!ツッコミですやん!川村のウィットに飛んだボケに対する、ぼくの愛あるツッコミですやん!」
「寝言は永眠してから言えや。」
また始まった。みんなやれー!やれー!とあおってる。こんなに愉快な夜は初めてだ。でも今日が終わりじゃない。明日からが、始まりなんだ。
ステージ⑤魔王の城クリア
ー自信レベルが30になった
ーラスボスを倒しいじめを解決した
ーコラムの連載を勝ち取った
ー呪文「ダレガヤ」を覚えた
僕はぼうけんのしょにセーブした。