企む職員室。[studioあおブログ]

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『いじめRPG』最終章 あまり行かない喫茶店で 左子光晴

あまり行かない喫茶店

 冬休みに入った。僕は友達との約束も入れず、かと言って何をするわけでもなく、毎日家でだらだらと過ごしていた。
 いじめも解決した。友達もできた。一晩山で過ごしたり、女の子とも遊んだり、高校生らしい高校生になったはずなのに。あの時山中さんに言われた「なんか無理してるって感じ?」という言葉が胸につっかえる。ずっと望んでいた線路に乗ったはずなのに、地下鉄の暗いトンネルをずっと進んでいるような感じがしていた。

 あっという間に大晦日がやってきて、だらだらテレビを見ていると知らないうちに新年を迎えてしまった。除夜の鐘をぼーっと聞きながらこたつにうずくまる。スマホがヴッーと震えて、内村から「あけおめことよろ」という呪文のようなメッセージが送られてきた。あの日、グループLINEというものを内村がつくり、そこで初めてLINEを始めたのだが未だに使い方はよくわらない。内村の投稿を皮切りにめいめいが呪文やスタンプを送ってくるので、僕も呪文を打ち込んだ。こうやってみんな、誰かと繋がっていることを確かめるんだ。
 「神社でも行かない?」
 母さんは僕の同意を求める前にコートを着込み、マフラーをまいてスタンバイしていた。
 「行かない?じゃなくて、行きたい!でしょ。」
 「新年早々そんな意地悪言ってないで早く用意して!甘酒飲みにいこ!」
 「はいはい。すぐ用意するからちょっと待って。」

 神社はこんな夜中なのに、昼の食堂よりも混雑していた。
 「ちょっと!腕組もうとしないでよ!」
 「いいじゃない!迷子になったら危ないでしょ!」
 「だから、僕もう16だよ?いつまでもその、子ども扱いするのやめてよ。」
 「あら思春期かしら?こわいこわい。」
 あのいじめ解決の日以来、僕と母さんはすごく仲が良い。なんて言うか距離が近くなった。
 いじめという“やましいこと”が無くなったからかもしれないが、僕は母さんになんでも話をするようになった。母さんも母さんで、今まで聞いたこともなかった昔の話や仕事の話もしてくるようになった。
 「あそこに甘酒売ってるわね。」
 「ちょっと人多いよ。もう帰ろうよ。」
 「何言ってんの?甘酒飲めるまで帰らないわよ!」
 「言っとくけど、僕そんなに甘酒好きじゃないからね?」
 「え?そうなの?甘酒愛好キャラだと思ってた。」
 「誰が甘酒愛好キャラや!飲んでるとこ見たことないでしょ?」
 「明けましておめでとう!今年もよろしくね!」
 「ん?」
 振り返ると、にこっと笑ったミチロウさんと、鬼の形相のすけねえさんがいた。あぁ…気まずい…
 「ミチロウさん…どうしてここに?」
 「すけちゃんが神社行こうって言うからさ。」
 「え?二人付き合ってるんですか?」
 「おい川村。変な詮索入れてんじゃねえぞ。おめーは黙って書籍の加筆分書きゃいいんだよ!」
 「ごめんね、いつも通りかなり酔ってて。」
 「そんなことになってたなんて…全然知らなかったです!」
 「最近川村くん来てくれないから寂しかったよ。今新しいこと始めててさ、ちょっと川村くんにも手伝ってほしいんだよね。」
 「俊樹この方は?」
 「猿タコスのマスターのミチロウさんと、雑誌でお世話になってる編集者のすけねえさん。」
 「え?ミチロウくんってあのミチロウくん?」
 「バレちゃったかー!久しぶりだね久美ちゃん!」
 「え…えぇ?母さんどういうこと?」
 「ミチロウくんから聞いてないの?父さんの親友よ!」
 「そ、そうなんですか?」
 「実は川村くんが初めて猿タコスに来たときにぴーんと来てたんだ。たしかこれくらいの年の子どもいたよなって。名前もかわむらとしきだし、ひょっとしてと思って…川村くんの書いた本を読んだ時に確信したんだ。」
 「どうして教えてくれなかったんですか?」
 「あいつとの約束があったからさ。そうだ、今から猿タコスこない?甘酒はないけどコーヒーなら出せるよ。」

 正月は夜間も電車が動いているので、僕たち4人は猿タコスに向かった。母さんはずっとミチロウさんと思い出話をしていて、すけねえさんは缶ビール片手にずっと僕を責め続けた。
 猿タコスについたのは2時頃で、泥酔するすけねえさんをソファに寝かせて僕と母さんはカウンターに座った。ミチロウさんはタバコを吸いながら、3人分のコーヒーを淹れてくれた。
 「まさかミチロウくんが俊樹の恩人だったとはね。親子2代でお世話になるとは…」
 「そんなに父さんと仲良かったんですか?」
 「あいつとは高校からの友達でさ。本もタバコも音楽も映画も全部あいつに教えた。」
 「あ!そう言えば同じタバコだ!」
 「川村くんもあの喫茶店よく行ったでしょ?あそこ教えたのボク。」
 「そうなんですか?」
 「あそこのコーヒーが大好きでさ。今日は何しましょのマスターいるじゃん?あの人にコーヒーの淹れ方教えてもらってさ、うちでも同じ豆使ってるんだ。」
 「だから懐かしい味がするんだ!あそこと同じだったのか。なんかいろんな疑問が繋がってきました。」
 「ミチロウくんうちにもよく来てたよね!」
 「うちって?」
 「古本屋よ。あたしが働いてたときに父さんとミチロウくんがよく来ては100円コーナーでずっとうんうん唸ってるのよ。よっぽどお金がないんだなーって思ってた。」
 「お金貯めては海外行って全部使ってたからね。あいつはただバイトしなさ過ぎて金がないだけだったけど。」
 「え?じゃあ小説書かない父さんに怒ったのもミチロウさんですか?」
 「久美ちゃんにフラれても書かなかったからさすがに怒ったよ。実は久美ちゃんのこと好きだったからね!」
 「そうだったの?うわーミチロウくんにしとけばよかった!」
 「ちょっと母さん!」
 「冗談よ冗談。でもこんな形で再開するとはね。3年ぶり?」
 「そうだね。入院見舞いにいった時かな?」
 「お見舞いに来てくれたんですか?」
 「うん…驚いたよ。まさかあんなに早く逝っちゃうとはね…」
 
 なんとなく気まずい空気になってしまった。僕は何か話題を変えようと思い、さっきの神社での会話を思い出した。
 「そう言えば新しいことを始めたって、何してるんですか?」
 「あ、そうそう。実はいじめRPGを誰でも使えるようにしようと思ってさ!」
 「どういうことですか?」
 「試しに川村くんでやってみたんだけど、いじめを見事に解決できたからさ。これを誰でも使える形に整えれば、たくさんのいじめられっ子を救えるんじゃないかと思って。」
 「あれって僕が第一号だったんですね!あの、今さらなんですけどあれなんでRPGにしようと思ったんですか?」
 「やっと聞いてくれたね。いじめRPGの最大の目的は、いじめのイメージを変えることなんだ。
 「イメージですか?」
 「いつか川村くんが、実体以上の虚像と戦っていたのかもしれませんって言ったの覚えてる?」
 「覚えてます。確か伝説の装備を集めてる時ですよね。」
 「それが狙いだったんだ。いじめって、実体以上に大きく捉えられている気がしてた。いじめられる人間は世間で「ダメな人間」というレッテルを貼られる。なぜならいじめが解決できない難事件で、そんなとんでもない事件に巻き込まれるのはダメな人間だからって考えたほうが楽だから。
 「まさにそうです。いじめられている自分は底辺だって思ってました…」
 「だけど本当はそうじゃない。いじめの構造ってたぶんすごくシンプルで、人それぞれが違う個性を持っているという前提を無視し、たまたま目立つ差異を持った人間をつるし上げるゲームなんだ。つまり何が言いたいかっていうと、いじめは解決できるシンプルな問題だってこと。だけどみんなはそのシンプルな問題を難しく考えようとする。そこで実体以上にイメージが膨らんで手がつけられなくなる。いじめを解決する方法はあるんだよ。
 「なるほど…ちなみにいじめを解決する方法って?」
 「大きく分けると2つあって、1.その差異に負けない個性をプラスに見せて自信を持つ。2.その差異を縮めて同化し自信を持つ。川村くんで言うと「作家プライド」は1.で、「おで好青年」と「エアーリーディング」が2.ってとこだね。」
 「差異を縮めて同化か…」
 「実体以上に膨らんだ虚像を元のサイズに戻すためにも、イメージを変えるという戦略が正しいと思った。そこでいじめRPGっていうポップなものにしたわけ。これにはもう一つ良いことがあって、いじめに悩むメインを小中高生と仮定したときに、彼らにも刺さりやすいなと思ったんだ。」
 「だけど僕はゲームをしていなかったからRPGにしっくりきていなかったと…」
 「いや、まさかだったよ…本をずっと読んでるとはあいつから聞いてたけど、こんなにも偏った子だとは思わなかった…」
 
 「ごめん。何言ってるか全然わからない。」
 母さんは置いてけぼりにされて、少し拗ねているようだった。
 「川村くんはすごいよって話!」
 「そうなの?」
 「母さん全然違うよ…ミチロウさんはほんとにすごいです。ずっと誰かを気持ちよくするために考えてる。だけど僕は何もできてないんです…」
 「今回のはね、川村くんの影響なんだ。」
 「僕ですか?」
 「この前レコーダーを聞かせてくれたでしょ。あの時に川村くんが、今生きている人のために何かできる人間になりたい、と言ってたんだ。ボクはあれにものすごく感動した。ボクにできるのはせいぜいうちに来てくれるお客さんを喜ばせることくらいだと思い込んでいた。だけどそうじゃない。今生きている、もっとたくさんの人を良い方向に導いてあげたい。そう思ったんだ。」
 「無意識に言ってた…」
 「いや、川村くんはそれができるから言えたんだ。」
 「僕にはそんなこと…」
 「きみには本がある。きみはあいつに向けて本を書いてたって言ってたけど、その本を読んでボクも面白いと思った。不思議じゃないか?きみが一人に向けて書いた本がたくさんの人を喜ばせるんだ。」
 たしかにそうだ…母さんに向けて書いたコラムが雑誌で好評なのもそういうことだ…
 「ずっと本を書いてほしいって川村くんにお願いしたのは僕の願いでもあり、あいつの願いでもあるんだよ。」
 「父さんの?」
 「きみの父さんと病室で約束したんだ。もしおれが死んだら息子を良い方向に導いてほしいと。きみの父さんは言ってたよ。あいつはおれと違って本を書く才能がある。本で人を喜ばせる才能があるって。だからあいつに本を書かせてほしいって。」
 ずっと黙っていた母さんは、ぽとぽととカウンターに涙を落としていた。
 「あいつとの約束を守るために、きみをいじめから助けたいと思った。そして本をずっと書いてほしいと願った。」
 「…僕は、僕は今どうすればいいのかわからないんです…ずっと友達がいなくていじめられっ子だった僕に、最近初めて友達ができました。友達なんていらないと思ってたけど、僕はそれがすごく嬉しかったんです。だけど…本を書いてると変わってる人間として見られることを知りました。」
 「なるほど。それで?」
 「だから僕は普通になることを望みました。みんな普通が好きなんです。僕は本を書くことを辞めて、普通にカラオケに行ったり、普通に服を買いに行って、普通に彼女がほしい自分を演じました。」
 「つまり差異を縮めて同化していったわけだ。」
 「だけどある女の子に言われたんです。無理してるように見えるって。僕はどうしたらいいのかわからなくなりました。本は書きたい。だけど友達は失いたくない。だから変わってると思われたくなくて普通を演じる。だけどそれを無理していると言われる…」
 「友達ってなんだと思う?」
 「友達ですか?それは…」
 あれ?この会話…どこかでした覚えがある。
 「本当の友達ってさ、どんな状態でも見捨てず、自分を肯定し続けてくれる存在だと思うんだ。」
 父さんだ。昔、父さんが話してくれたんだ。

 「おい川村。」
 泥酔していたすけねえさんがゆっくりと身体を起こした。
 「上辺だけの友達をぽこぽこ増やしてなんになるんだ。お前が自分のやりたいことをやったときに、お前を否定するやつは必要か?少なくともあたしとミチロウはあんたの友達なんだよ。宇野やカマキリやオシャなんたらもそうなんだよ。お前がやりたいことをやるならいくらでも肯定してやる。間違った方向に進もうとしたら全力でぶっ飛ばしてやる。違うか?」
 「オシャねえさん…」
 「お前には本を書く才能がある。だから書き続けろ。それからな、そいつらと腹割って話せ。そんなつまらん理由で普通になろうとするな!お前の才能に惚れたあたしがかわいそうだろうが!」
 オシャねえさんはなぜか号泣し始めた。母さんは隣で静かに泣いている。なんだこの状況。
 あぁ、なんかもうどうでもいいや。でもそれは投げやりなものではなかった。頭は妙にすっきりしていて、自分がするべきことがやっとわかった気がした。僕はスマホを取り出し、内村に「おれ本書くよ。普通じゃないかもしれないけど、やっぱり作家になりたい。」と送った。
 僕はミチロウさんにお礼を言い、母さんを連れて早朝の青みがかった駅までの道を黙々と歩いた。ポケットがヴッーと震えたので、内村からかなと思いスマホを取り出すと、「がんばれ。応援する。」と山中さんからメッセージが来た。慌てて自分のメッセージを見ると、間違ってグループLINEに送っていたらしい。新年早々…うぅ…
 電車の窓からは初日の出が見えた。山頂で見た夕焼けよりもきれいで、目がちくちくした。

 今日から新学期だ。僕は連日の執筆に追われ寝不足で朝を迎えた。あのクリスマス以来みんなには会っていない。つまりあのLINE以来誰にも会っていないということだ。なんて言われるだろう…やっぱり変わってるって言われるのだろうか。不安な気持ちをため息に混ぜ込み、階段を登る息切れと中和させて教室に向かった。
 「川村!読んだよ!これっておれのことか?」内村が興奮しながら雑誌を見せてきた。僕のコラムだ。
 「お母さんが川村の名前をたまたま見つけてさ。お前すげえじゃん!雑誌に載ってるのかよ!」
 内村の持ってきた雑誌は瞬く間にクラス中にまわり、山口と大原は誇張された悪役っぷりにぶーぶー不満を言っていたが、次の作品にもおれを出せと図々しくも言ってきたのでまぁ喜んでるんだろう。山中さんは直接話しには来ずに、「やっぱり川村くんはそっちのほうがいい。」とLINEを送ってきた。
 次の日には、コラム連載分のすべてのバックナンバーが教室中にまわされた。内村が古本屋をまわってせっせこ買い集めたらしく、まるで自分が書いたかのように振舞っていた。まったく愛らしい馬鹿だ。
 僕は小学校以来の川村バブルを経験していて、あの時と同じようにサインを求められた。やっぱりそんなもの用意していなかったので、全員のノートに「川村俊樹」と書き、先生の混乱を招く事件を起こした。1月の末に連載が終わると、川村バブルはいったん収束を迎えた。だけどその頃には書籍化のための加筆も終わっていたので、これが発売される頃にはまた同じような事件が起こるだろう。いよいよサインを考えなきゃいけないなと思っていたら、内村が10パターンほど考えていた。ほとほと愛想が尽きるほどの馬鹿だ。

 僕がくよくよ悩んでいたことは、結局杞憂に終わった。それどころか作家と言うポジションを築き、僕を肯定してくれる友達ができた。決断したから今があるんだ。森川先生は今頃何をしているのだろうか。僕は信じた道を少しずつ歩いている。先生も新しい道を少しずつよれよれのジャージ姿で歩いているんだろう。

 「久しぶりだね。川村くん元気してた?」
 「はい。ミチロウさんも変わらずですね。」
 「しかしわざわざここを選ぶってことは、そういうことかい?」
 「はい。ミチロウさんのために書きました。」
 「楽しみだな。マスター!」
 「今日は何しましょ。」
 「いつもので。」
 「僕もいつもので。」
 「はいはい。」
 「ふふふ。変わらないですね。」
 「ボクが学生の頃からずっとあれだからね。」
 「父さんも言ってました。じゃあこれ、読んでください。」
 「ありがとう。あ、タバコ吸っていい?」
 「どうぞ!あ、でもその前に一つだけ報告が。」
 「なになに?」
 「彼女ができました。」

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