恥多き人生です。
写真は28才の恥ずかしい昼ごはん。
8個上の野球部の先輩に借りた車を廃車にしてしまったり。
宿も取らずにニューヨークに行ったらやっぱり宿がなかったり。
仕事のミスで2500万くらい損失出したり。
詳しくは知らないけども恥ってのは、自己評価ないし他者からの評価、と現実の自分のギャップにより生まれるものだと理解してる。
まわりはあたしのこと、そこそこできる人やと思ってくれてるのに、とんでもないことしでかした。
自分は何ごとも、中の上な動きができると思っていたら、全然ダメダメだった。
みたいなときに恥が生じるかなって。
上の例は恥というか、そもそもがとんでもミスなので、恥とか言うてる場合じゃなかったんやけども。ほら、あるじゃないすか。
提出した資料をボコボコに修正されたり。
異質な行動をとったことでみんなの前でいじられたり。
SNSでガラにもないこと発信してたたかれたり。
そんな恥が、いつ頃からかなくなってくるのです。
たぶん26才を越えたあたりから、ぐんと。
恥をかくってのは何かしらの失敗がついてまわるもので。
26くらいまではそんな失敗を繰り返していかないと、日常生活ができないように設計されている。
とくに会社での仕事は、ルーチンワークを身に着けるまでに2〜3年は必要だと思っていて。
学校生活もそうよね。
1年生のころは毎日ビクビクしながら失敗せえへんように恥かかへんようにしてるけど、3年生になるころにはゆったり生活できる。
日常生活を営むうえで失敗することがなくなってくる。
恥をかくことがなくなる。
この半径10mから出なければ、とんでも心地よく、心おだやかに過ごすことができる。
学生のうちは、そうはいかない。中学3年生になって安穏としてても、高校1年生になればまたイチからその学校における日常生活の流儀を身に着けなけきゃで。
大学に進学してもまた同じことで。
やはり26才くらいなのだ。
それなりに楽しく、それでいてそれなりに忙しく、働いてご飯を食べられてっていう営みを恥抜きでできるようになる年齢。
そう、26才から人間は面白くなくなるのだ。
恥なんてできればかきたくない。恥をかく必要がなければ遠ざけたい。
筋トレとか勉強とかといっしょで、期間があけばあくほど敬遠したくなるもんだ。
暴力的な論やけど、26才で最近恥かくこと減ったなーって気づかない人は、つまらぬ人生を送るだろう。
つまらぬ人生ってのは、実験的なことをしない人生って意で。半径10m内の思考と行動で成立する、大きなイオンがある街での生活みたいなもの。
あたしはなんだかんだでわりと長く生きるだろう。
どうせ生きるならハッピーに生きたいものだ。
あたしにとってハッピーな人生ってのは面白い人生と同義で。
面白い人生を送るには、やっぱり恥をかくことからは逃げられなくて。
逆に言えば、恥をかいているうちは面白い人生を歩めているということだ。
ほほが赤くなれば面白い。
うん、とてもわかりやすいリトマス試験紙だったりする。